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@親亡き後悲観論への私見 A病気との闘い B新年にあたり C活動見学
D平成17年度 E自立支援法の行方 F学園の立場
(H17/12/24)
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先日、私はある会議で意見を発表する機会を与えられ入所施設から地域生活移行というテーマでお話しました。
その時に私は親亡き後悲観論は『自立を阻む最大の障害、本人は悲観していない。社会防衛的子育て論は自己本位』というような過激(?)発言をいたしました。会場には家族の方も来られていましたから、多分気分を害した方もいたかもしれません。限られた時間でそのような事を話したものですから、後味が悪く、敢えてこのような言い訳を考えてみたのです。
先日、職員のアンケートの回答に同封して中越地震下でのある障害者家族の避難生活の記事(朝日)を全員に配りました。両親がその子を両脇に抱えて車の中で非難生活をおくっている現地レポートでした。
夜が明けると車から飛び出して大声を上げて走り回る息子さんの後を追いかけながら周囲の人に頭を下げて説明して歩いているという内容でした。
障害を持って生まれてきた我が子を1分前に看取ってから自分は逝きたいという考えは以前としてあるようです。
親亡き後悲観論は当に日本の障害者施策の不備を示しています。実際には彼らは両親が先に亡くなっても元気に生きています。否、生きていけます。
その反論が直ぐにでます。「いやーそれは入所施設に入れたお子さんだけだよ。在宅でもしその子だけが残ったら誰が面倒をみてくれると言うんだね」この話は何度も何度も聞いてきました。
そのような時に入所施設から地域に出そうという考え方が今の制度の主流になってきたのですから、内心穏やかではないわけです。事業所や家族会の両方から反対意見が噴出したようです。安上がり施策の典型だ!何が地域生活だ。本当に地域生活を可能にさせるのならもっと手厚い支援体制を組め!ごもっとな意見です。
しかし、一歩自らの足元を見てみますとこのような議論を私たちは何年続けてきたのでしょうか?今年から入所施設は整備しないという国の方向が示されました。
確かに入所施設に預ける理由は家族にもあります。家族崩壊の寸前まで追いやられたケースもあるでしょう。
しかし、この流れの中にあってどうも気がついたら利用する本人の気持ちがあまり反映されていないと思えてならないのです。
彼らの本当の声ですね。『俺たち今これがしたいんだー』『温泉に行きたい』『自由に買い物したい・・』等々!私はこの仕事について33年目になります。
あまり適当な例えではないかもしれませんが仏教では33回忌が供養の節目です。学園がある神立周辺では33回忌法要には杉の木をお墓に植えるんです。供養の区切りという意味をこめて。
今の障害者福祉は激流といっても過言ではないと思っています。つまり制度の改革が今までに経験の無いスピードですすんでいるのです。その背景は50年続けてきた仕組みが実態に合わなくなってきたということが一番大きいようですが、サービスを支える財源問題も大きな改革要因になっています。またイコールフィッテングという同じ条件で競争するという市場原理の原則まで福祉の世界にでてきています。
このような流れの根拠はどこにあるのでしょうか?考え方の面で。
私は(2002年)新障害者基本計画の中にあると考えています。
『共生社会においては、障害者は、社会の対等な構成員として人権を尊重され、自己選択と自己決定の下に社会のあらゆる活動に参加、参画するとともに、社会の一員としてその責任を分担する』
当にこの基本原則を実現させることだと思います。障害があるということで生じる問題を問題として見るのではなく、その人が持つ課題としてとらえ、我々を含め地域や家族がその課題解決にパートナーとして関わる仕組みだと思います。それから重要なことは障害者自身も責任の分担をするという点です。
現実と理想のギャップが確かにあります。しかし、いつまで議論を重ねていても一歩足を踏み出さなければ何も変わりません。皆さんで考える一つの課題として地域生活への挑戦があって良いと考えます。それは尚恵学園が必要ないとか施設を解体しようとか本人や家族の思いを無視して施設にいるのではなく地域に出てもらうなどという事では決してありません。
| 今年は特に利用者さんが体調を崩し病院へ入院するケースが多かったと思っています。理由はいずれも違っていますが、これは高齢化や長年の投薬による内臓疾患といった理由が考えられます。そこで今、どのように病気への対応を考えていくかという大きな課題にぶち当たっているのです。幸いにして、土浦協同病院、筑波大、阿見医大、神立病院と尚恵学園の利用者が日頃からお世話になっている病院が近くにあります。大体がそちらの病院にお世話になる場合が多いのですが、いざ入院するとなると大変です。つまり、付き添いをどうするかということです。特に手術などを行った場合は待ったがききません。その日から病院の看護体制を考えなければいけません。家政婦さんにお願いできる方は特に問題はないのですが、問題は家族の看護が難しいケースや一人の看護体制では無理な方がどうしてもおります。点滴を抜いてしまったり、大声を発したり他の患者さんへの迷惑になる場合です。殆どの方がどちらかというと後者にあたるのです。入院するとなると先ず私は頭を抱えてしまうのですが、本人の体調を最優先と考えていますが、瞬時に看護体制をどうしようか?ということです。 何か良い考えはありませんかね!互助会や尚恵学園独自の医療補助もありますが、それだけでは不十分です。 とにかく付き添いを確保することが困難なのです。 病院は大体3ヶ月で転院をさせられてしまいます。支援費制度になり、本来は3ヶ月入院していると学園との契約が切れるのですが、実態はそんな簡単にはまいりません。解除になってその後どうするのか?全くその後の対応が決まっていないのです。家族も正直不安になります。入院すると支援費が通常の8割になってしまいます。これは学園の経営を考えると大変厳しい状況です。 今、尚恵学園の利用者はまっすぐに高齢化にすすんでいます。これから今まで以上に病院とのかかわりが深くなっていくと思います。自分の子供はまだ大丈夫だと考えている方もおられるようですが、そういってばかりはおられません。家族会と真剣にこの問題を考えていきたいと思っています。{平成16年12月} |
| ご家族の皆さんへ。 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 昨年10月に国よりグランドデザイン(案)が示されました。これは障害者福祉における今後の指針ともいえるものですが、かなり、具体的な変革の中身が示されました。その中で先ず財源の問題です。つまり、施設サービスを利用される場合の利用者負担の増額です。これは支援費制度に移行した時にも仕組みが変わり施設に直接利用者の負担分を収めていただくようになりました。この額の見直しがされているのです。食費分や個室代というものが新たに掛かるようになるようです。これは現行の介護保険の仕組みでの変更という形で検討されてきたものですが、知的障害者に関しても今、支援費制度を介護保険の中に組み込む(統合)という作業の中で検討されています。 また、施設の種別も大きく変わるようです。つまりは入所型、通所型、在宅サービス型というサービス機能に応じた種別変更です。これは施設側にとっては大きな変化です。つまり、従来は生活支援、日中活動を両方とも入所更生施設の設置目的として実施してきたサービスですが、これを分離させるという考え方です。更に通勤寮というもの自体のあり方も検討されグループホームへの統合も検討されています。当然事業所側は収入が減額になるというのでただでさえ経営が厳しい通勤寮の将来性はなくなるという問題です。 ここで家族の皆さんへのお願いですが、年金が今のところ利用者としての収入認定では唯一のものです。この年金からの負担金(最高限度額)を支払う仕組みは変わらないと思います。ですから、今後負担金の増額を予測し、できるだけ年金を積み立てておくべきであります。 何故このような変革を国は考えているかと言えば、三位一体の改革の中で国と地方との役割分担論議の中から出てきたものです。その中で知的障害者福祉について言えば、国は入所施設は整備しないという方針を昨年発表しました。しかし、現実には全国で多くの入所施設待機者がいるわけです。その打開策としてノーマラオゼーションという理念によって現在施設(入所)を利用している方の地域生活移行の推進を打ち出したのです。茨城県でも昨年より地域生活推進会議が設置され検討を進めています。私は施設側の代表として出席させていただいております。 在宅で生活する人達と入所されている人達とのギャップを縮小させるという基本的な考え方ですが、今後この流れはより速められることになるかもしれません。医療の現場では医療費抑制の対策から入院期間を最長で3ヶ月にしたことも同じ発想です。予防医学や在宅サービスの充実という片方の対応策も正直充分ではないのです。 このような大きな改革のうねりの中で尚恵学園としては利用者のご家族と充分な検討を加えながら何が一番よいのかという事を項目的に検討していきたいと思っております。宜しくお願いいたします。(1月3日) |
| 2月20日は吉川会長の発案で尚恵学園全体の活動を父兄にみてもらうという企画になった。朝の30分を私が全体の話をすることとなった。折からグランドデザイン(案)の話があったので、少しそのことについて触れた。大部分はHPのパソコンの内容を映像で説明した。皆さん頷きながら聞いてくれた。正直、父兄たちは尚恵学園の活動を全て理解はしていない。入所の時期の違いもあるが利用されている施設だけでも充分内容を把握しているとはいえない。そのことに疑問を感じた吉川会長が是が非でも父兄が見るべきだということで本日になった。地域ブロック別に車7台を用意して普段の利用者たちの活動を再現し、見てもらった。どのように感じただろうか? いずれにしても今、透明化という事が重要視されている。それに公平化、これは近い将来利用者負担ということで出てくることは確実、制度が変わってから動いても良いと考える施設長も確かにいる。しかし、今何が問題となり、どうすることが良いのかを父兄と共に考えていくというのが私の基本的な考え方。『共に生きる』は創設以来からの目標である。この実現はサービスが個別化されればされるだけ難しいことを痛感している。 福祉というものには終点がない。つまり、際限のない仕事。すくなくとも一方的な押し付けではなくお互いが意見を言い合える関係からよりよきものが見えてくると信じる。 今日の企画は良かったと自己満足している。 |
| 創意:工夫:責任:真心のある限りない挑戦。 尚恵学園が努力目標の中で掲げている目標です。ここ5年間はずっと同じで、これからも続くだろと思っています。それと反対語として惰性:無責任:不誠意があると思います。この点に関しては第3者の評価が必要でしょうね。自らの採点にはどうも贔屓目があって甘くなるからです。限られた財源でいかに効率的で効果のある成果を生むか。これからその能力が事業の是非を左右する大きな要因となります。日本人の反省点として、便利性を求め過ぎた結果、近代化:都市化がすすみ、大きな社会問題が起こっているのも事実です。それにやっと日本人が気づきつつあるというところです。 利益中心の生産活動は、その弊害として様々な環境破壊を作ってしまいました。今話題にあがっているものとしてスローライフ志向があります。例えば田舎に住んで農業をやりながら自給自足の生活を楽しむといった人々が増えています。その実践場として茨城県は密かな人気があるのをご存知でしょうか。八郷町や大洋村がそうです。海や山といった自然豊な地でゆっくりと自然と共生する喜びが見直されています。 これは尚恵学園の利用者にとっても同じではないかと考えます。制度が変化する中で一喜一憂する必要はないのです。今、彼らと如何すれば喜びを共有できるか?今できることはなんだろう? この視点さえ見失わなければ、自ずと結果が付いてくると信じています。 際限のない広がり、課題は山積といった実態は、考えようによってはそれだけ創意工夫する余地があるという証です。しかしこの点が重要なのですが、学園だけに任せておけば良いということでは決してないのです。この点をはっきり自覚しなければならないでしょう。つまり、家族を含め関係する人達が協力しながら実践していくということです。今流に言えばネットワーキングという動詞形の考え方です。行動を伴うということです。 尚恵学園は1956年(昭和31年)創設です。ほぼ50年の歳月を重ねています。数え切れない人々の協力があって今があると思っています。その人々の一つひとつの願いに答えていくことは大変なことであります。念ずれば花開くの精神で進むべきです。 ちっちゃな喜びが集まって大きな喜びになる。これが我々を支えている真理であると思っています。(4月8日) |
自立支援法の行方
| 障害者自立支援法が廃案になったことは既にご承知の事と思います。措置制度から支援費制度に移行して今回の自立支援法で障害者福祉の法的基盤が整備されるはずでした。当然我々も研修会等で情報を入手し、その対応準備をしてきました。しかし、今は暫く動けない状況に至っています。法改正の大きな理由に挙げられるものには、限られた財源で如何に増え続ける福祉ニーズに応えるかという事があります。今回の改正では5本の柱が提示され、従来の施設のあり方が大きく変わることになります。また、利用する場合の自己負担も増加してきます。実は昨日(8月28日)茨城県心身協の政策委員会主催の研修会が水戸で実施され、定員150名を100名ほどオーバーする多くの参加者が集まりました。このことでも関心の大きさが分かります。研修会の中身は日本福祉協会の常務理事大島氏と茨城県障害福祉課綿引氏の講演でした。綿引さんからは新たな制度に向けての県の取組む方向が説明され、特に地域生活移行推進事業における検討委員会の中間報告が示されました。また、大島さんからは中央の動向や施設支援の変更など変化の目まぐるしい実情を資料を基に解説がなされ、参加者全員が熱心に耳を傾けていました。今回の研修には家族の参加がとても多くあり、本人を同行させての研修会となり、会場は窮屈な状況ではありましたが、有意義な研修が持てたと思います。そこで、今回の研修には人数制限のため尚恵学園では参加を遠慮しました。まだ、新法が決定したわけではないのですが、いずれ国の体制が決まれば法案が再度提出されると思います。どちらが政権を担うにしても大きな変化は無いと言われています。自立支援法そのものは厚生労働省において今までに何回も検討が重ねられ作成されたものであり、自己負担分の額の見直しはあるにしてもほぼ今示されている中身で成立するものと思います。 そこで、尚恵学園としましては家族会の研修という形で適当な時期に講師をお願いして自立支援法の勉強会を計画したいと考えます。 |
| (平成17年12月24日) 支援費制度が2年で変更になった一つの理由は財源不足であった。サービスの需要予測が思った以上に多かったということだろう。年度途中で不足分の補正を行い、どうにか辻褄を合わせた。しかし、これでは長続きしないというのが一目瞭然、そこで自立支援法という介護保険制度との合体を目論む仕組みを制度化したのである。未だ細部については検討の余地が多く、はっきりとどのように対応すべきか明示されていない。 今回の制度改革のポイントとしては @施設機能の見直し・・・・・・生活支援;居宅支援;日中活動支援という役割を明らかにしたということ。これによって事業所(学園)の方向性は決まる。 A利用者負担の見直し・・・・当然の成り行きだと思うが、施設サービスを受ける受益者には応分の負担がかかるということ。それも事業所が徴収する。 B入院時の費用・・・・・これが今回大きく変わった点、今までは入院した時も8割の費用が施設側に入った。今回の改正は全くその期間施設に費用が入らないという。 以上が今、分かっているところでの関心度が高い部分である。 それをどのように解釈すれば良いのだろうか? @については、デイサービスを含め、作業や生活指導の中身を明確にする必要がある。ケアープランの作成と体制固め Aについては、年金を自宅で管理されている方には申し訳ないが学園で管理させていただくことになる。つまり、費用の徴収事務が繁雑になるのを避けることと未収金をゼロにする必要があるからである。近日中に尚恵学園を考える会に於いて提案する予定。 Bについては、深刻な事態であると考えている。国はベットが空いた期間はショートステイ等でベットの稼働率を高めれば良いという考えのようだが、実態はそれは難しい。となるとどうなるか。難しい問題である。 以上が現時点で考えられる制度改革に向けての検討課題であります。ご父兄と共により良いサービスが安心して提供できる体制にしたいと考えています。情報が入り次第お知らせ致します。 |