源究108

 

NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日
1671 2番煎じ 12/22 1676 Spirit 12/27 1681 2011年 1/1 1686 駆け込み寺 1/6
1672 立ち止まる勇気 12/23 1677 衆愚政治? 12/28 1682 薄粧 1/2 1687 裏腹 1/7
1673 治乱興亡 12/24 1678 もういくつ寝ると 12/29 1683 鬼手仏心 1/3 1688 トピックス 1/8
1674 どうせ・・ 12/25 1679 遺&忘 12/30 1684 プレゼント 1/4 1689 安心 1/10
1675 嬉しかった 12/26 1680 2010年 12/31 1685 あなたの声 1/5 1690 再生の条件 1/12

1671:2番煎じ 

情報社会の落とし穴は、焼き直し・2番煎じによって作られた情報に振り回されるということであります。出自が明らかでない情報が氾濫しています。メデアの興味本位の取材や番組編成には、少々自粛していただきたいと思うのですが、リスナー側の自己防衛の工夫も必要であろうと思っています。今の時代一切の情報を遮断して生きて行く事は不可能でしょうし、 マスコミ受けするパフォーマンスを何ら疑問を感ぜずにする人が後を絶たない。この流れは止められないでしょう。細胞分裂を繰り返し、ワクチンとウイルスの攻防と同じ、果てしない闘いの火蓋が切られてしまった。
 本来、人間が生きて行くのにそのような訳の分からない渦の中に巻き込まれて良いのでありましょうか。私は人間の一生を「自分探し」だと思っています。その為には、自分自身の原点を見失わない覚悟が条件になるわけです。
 情報は人間の価値観など2の次、発信はすれどそれがどう受け止められたかまでは責任を負わない。情報によって、私は決して自分探しはできないと確信しています。良く言われる言葉ですが、『知』と『智』の比較から考えてみますと何となく判りませんか?
 知識豊富な人間はいくらでもいます。でも、人間として智恵(徳)を持つ人はどうでしょうか?
 人は知識によっては動かない。自分も相手もです。知識の堂々巡りは良く起こりますが、智恵にはそれがない。
何故だと思いますか?仏教でいう「事教不二」で説明ができます。思っている事とやっている事が一致するには、知識だけでは駄目、実践が伴うことが条件です。
 今の政治の実態を良く例に挙げさせていただいていますが、不本意ではありますが一番解り易いからです。二番煎じであることは承知の上で言わせていただきます。政治倫理審査会に出る出ないの話、私には全く興味がありません。それよりも私が注意して見ている点は、当人以外の周囲の人間の言動です。彼らは何故政治家になっているのでしょうか?あの人の御蔭で政界に立てたと思っている人間が万が一いたとすれば、それこそ本末転倒でしょう。国民が投票したからという事を頭にないわけですよ。
これが実態ですね。智恵が無く、頭でっかち人間ばかりです。自らの主張すらできない人間に政治を任せている。
 結局は有権者たる我々の責任ということに成るわけです。総理が短期間で良く変わる国って珍しい。
 菅さんの前の方が窮極的総理ですね。政治家を引退すると発表したと思ったら直ぐに撤回しました。一度男が言った事をどのような理由があろうとも簡単に変え為さんな!それで今の党内のゴタゴタ騒ぎの調整役に再登場?。。。全く国民を馬鹿にしています。
 一方、依然として、各種業界団体は特定の人間に媚を売っています。そんな事をいつまでやっているのですかと私は言いたい。ぬるま湯に浸りすぎた期間が長過ぎたのでしょうね。真剣に取り組む姿勢を感じない。烏合の衆ばかり。
 誰に政治を任せて良いか全く読めない。誠に残念です。
ならばどうする。自らの足元を良く見ながら自分探しをすることしかないでしょう。人生、精々長生きできて80年、気付くのが遅いと取り返しがつきませんよ。南無。。。。ナーム。
 

1672:立ち止まる勇気

いつまでも走り続ける事はできやしない。自らの体調を気にしながら周りに気配りし、喘ぐようにして夢を追い求める。この姿を如何様に思われますか?悲壮な決意とでも映るのでありましょうか。
 先日、妙な夢を見ました。10数人の男たちが捜査令状を片手に突然やってきた。何かを叫んでいる。良く見ると顔見知りの者が何人もいた。なんと、その人達は県の障害福祉課の連中だった。「なんでアンタ達がいるんだ・・・・!」と私が問い質すが知らん顔・・・・・。電話が鳴った。そこで目を覚ます。夜の10時半。
 ああ・・これは精神的に病んでいると落ち込んでしまった。夢か現か。その境界が無いような生活を長年続けてきた。
そして、これからもと思うと居た堪れない思いになる。60歳という年齢は、ある意味で分岐点となる。周りを見回すと友人知人が思いもよらなかった病と闘っている。時々会いにいくとどう声掛けてよいのか迷う。元気だった頃の事を思い出しながら、精一杯の励ましの言葉をかける。
 福祉の歩みを振り返る。今の状況に大いなる違和感をもっている。端的に言わせていただく。建物の豪華さを誇るような風潮、これは老人介護施設の急拡大によってもたらされた。地域福祉という触れ込みにしては、周りの環境に似会わない建物、そこだけお城のように突出して存在する。この流れが他の種別の事業所にも浸透してしまった。
 この状況がいつまでも続くとは思わない。ただ、特定の人々の為に、これだけの税金を投入することが果たして良いのであろうか?福祉は他に比べて誇ることを決して是とはしない。国全体、或いは地域全体の底上げができてそこに住む人達が幸せを感じることに主眼が置かれるべきである。どこで方向が間違ったのか?競争の原理を福祉に持ち込めば、結果的に経営の長けた法人が勝ち残ることになる。ただ、その恩恵を受けられるのはほんの一部だ。
 一人の利用者の為に建物整備に1000万〜2000万もかける。方や同じ社会保障の枠にある年金、月1000円下がるかもしれないという政府案に対し、不安と不満が噴出。このギャップをどう説明するか?単純に計算しても、月1千円として1年で1万2千円、建築費をそれで割ると少なくとも一人の人間が千年以上生きることに値する。
 そこで、先ほどのへんてこりんな夢に戻る。何故、主管課が登場するか。これは、そう簡単に説明はできない。ただ言える事は、在宅と施設の格差が余りにも大きくなり過ぎたという事は言える。それと、依然として改善がなされない行政の縦割りの実態。
 一人の知的に障害を持った人間の一生を考えてみれば判る。義務教育にかける手厚いサービス、この担当主管は教育庁、卒業後はこことパタリと縁が切れる。そして、次なる受け皿が福祉となる。何故、年齢で区分されるのか。
 制度がこのようになっているから仕方が無いという回答を何度聞いたことか。その思いが、時として堰を切るように、行政への不満として出てしまう。私の悪い癖。
 結局、何の為の誰の為の制度かという原点への回帰。言って置くが、決して個々の担当者へ不満が有るわけではない。疑問を感じながらも精一杯業務をこなしていることは承知している。
 でもな・・このまま進んで良いのかどうか?本当は立ち止まる勇気が必要なんじゃーないだろうか。そんな事を思っている今日この頃です。
 

1673:治乱興亡

安岡正篤が書いた本を4冊ほど頂いてきた。93歳で先月亡くなった義父、私は大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱい、何か欲しい物があれば持っていって良いと言われ、本棚にあった数冊の本を貰って来た。
 早速。昨夜から枕元に置いて読み始める。
 『東洋思想十講 人物を修める』の中に、安岡が自らの人生を振り返り語った部分に目が止まった。「・・・治乱興亡の活教訓に興味を持つようになり、それを研究して今日に至ってしまいました。・・」P22.とある。
  日本ほど歴史的に恵まれた国はないという。それと正反対の国として中国をあげている。確かにシナ25史とかいわれるように易姓革命の国家の代表格で、ヨーロッパの国々も同じ歴史を踏んできたと。そう考えれば確かにそうだ。現在の日本の皇室に姓氏が無い事が如実に表す。昨日は喜寿をお迎えになった天皇誕生日だった。
 日本と中国の違いを面白い例で説明する。中国の酒は「老酒」、老はなれる・ねれるという意味を持つ。一方日本酒は「生一本」というから生で単純だという。もし、安岡が生きていれば、日本が中国と付き合うための良きアドバイスを貰えたに違いない。
 また、タイムリーと言うのか深夜便でノートルダム大学の渡邊和子理事長の話を聞いた。2.26事件でご自身が9歳の時、父親が目の前で銃弾に倒れた経験を淡々と話されていた。私には到底できない。昭和11年と言えば、軍部の力が強大になって、列強国に日本が入るために、外国への侵攻政策が強硬に叫ばれていた時代、権力闘争で血生臭い事件が続いた。
 83歳になった今でも教壇に立つという。そこで話される一部を紹介してくれた。
 学生たちにいつも笑顔を絶やさないことを教える。不機嫌は環境破壊だと・・・・。叱られたら先ず「ありがとうございます」と言ってから話しなさい云々。30歳代で学長に就任してから、現在まで生涯現役を貫く。日本にも素晴らしい人達がいるんだ。マスコミがもっともっと取り上げるべきこと、それが3面記事ばかり各社が競って取り上げる。もっと格調高くできないものか!
 我田引水と言われるのが嫌だから、私は障害福祉の事を冷めて観ている節がある。すると、本質が少しずつ見えてくる。可哀そうね。という人に良く出会う。本人たちは決してそれを望んでいない。大変なお仕事ですね。という人と良く出会う。もしかするとそう思っている者もいるかもしれない。
 この僅かな受け止め方の違いが実は恐ろしい。
 先ほどの渡邊先生の話、自分が置かれた所で花を咲かせなさい。と学生たちに話すという。「咲かなかったどうすれば良いのですか?」と尋ねてくる学生に「もっと深く根を張りなさい」と話すと言う。
 そう言われてみるとそうだ。北面に育つ木は、年輪が細かく強い、西岡常一棟梁の良い材料を取るには、木を買うのではなく、山を買えという話に通じる。
 先人の智恵、失敗から学んだものが殆どだ。それが、今の世の中は、失敗を恐れるために気概に乏しい人間が多くなり過ぎた。その意味でも治乱興亡の活教訓を歴史から学ぶという事の重要さを再認識せねばなるまい。

1674:どうせ・・

人それぞれの生き方があって然る可し。一生を一つの職に徹することも今の時代大変難しい。職業を衣とみるかどうかは別として、職の前に自分がある。人生を自分探しという先哲に妙に惹かれる。日本仏教を起こした宗祖達でさえ、死ぬまで求め続けたもの、それが自分の信じる処、安住の地ではなかったか。
 年の瀬に入り、悔みが続く。佐賀県の片田舎で育った方でどうしても都会に出たいという希望があり、関東の大学を選んだ。東京は余りにも大都会、そこで選んだのが茨城大学農学部、この地の人との縁があり、結婚、それから60年、農協で定年まで勤め、80歳で亡くなった。
 昨夜、通夜に行って、息子さんより故人の話を伺った。佐賀は薩長土肥の肥前の国、鍋島藩とも言われ、幕末には大変な影響力があった。現在の県人口は90万弱、九州の玄界灘に面した風光明媚な処と聞いた。茨城が都会かと訝ってみても日本の中心にあるだけに外から見ればそう映るのかもしれない。
 そこで、新年を迎えるにあたり、気持ちの整理をと考えていた。どうも、ここのところ慨世の言が多過ぎたと反省、どうせ自分の一生だ。もっと明るく生きるべし。
 外面を明るくしても直ぐに見破られる。こころの内から本当に湧き上がる明るさだ。
 現実は何も変わらずとも視点を変える事によって何かが変わるんじゃーないだろうか。職業柄、悔みが多くなると気分が落ち込む。ニヤニヤして経を読む事もできないから仕様が無い。

1675:嬉しかった

私の考えに宗教の自由があります。何!寺の坊さんがなんたることかと上から叱られるかもしれない。
昨日は厚生園のクリスマス会がありました。何十年も行っていますから、今更言い訳がましく言うつもりなどありません。昨日は法事が重なり、途中から顔を出して見た。各テーブルにはプレゼントが置かれ、私が行くとそれを得意そうに見せてくれました。腕時計、料理の本、DVD、お菓子・・それぞれ担当職員がこの日の為に用意したもの、・・・。前から理事長も時間が有れば来て下さいと言われていたので、改良服姿で途中参加、すると私にプレゼントがあるという。何かな?
 包まれたプレゼントを開けて判った。赤い色の上着、還暦のお祝いだという。それに色紙と花束・・・・。
 嬉しかった。 利用者さん達の気持ちを察するに、「どうして園長だけ、花束??」という不満もあったかもしれない。ここは素直に頂戴すべきと考えた。私は21歳から、この仕事に就いた。40年がたつ。そう考えた時に花束がズッシリと感じた。
 久しぶりに埼玉のSさんから電話、正月の4日に北海道から講師を呼び研修を行うが来ないかという誘いの内容だった。彼もまた、拘りの強い人間で、入所施設を全て止め、ケアーホームに切り替えようとしている。農振区域?にあるらしく、用途変更で手続きがストップしているという。彼は施設を止めるわけではなく、制度の先を常に追い求めている。そこに気概を持って私から見れば孤軍奮闘している人間だ。正月、また何人かで会って話そうというお誘いも2番目の用件の長電話。
 40年という長さは、私にとっては大変な時間である。しかし、先人・先哲の足跡を辿ってみると何が最先端の取り組みか訳が分からない。
 いま、関係者は新たな制度がどうなるか戦々恐々、あらゆる手を使い、自分達の利になる働きかけを行っている。
 でもどうでしょうか?福祉とは障害者だけの問題では無いことは明らかだ。そこを、どう捉えて行動するか。
 人に優しい社会は障害の有無に関係ない。そこを目指すべきだ。制度を変えるのも良いだろう。しかし、突出したものであってはならない。複雑難解な仕組みでもいけない。
 要は単純明快、世界中に膨大な宗教が存在するのと同じ、人間が如何に自然と調和し、幸せな社会を築くか。目指すゴールは同じだ。
 宗教対立が何故起こるか。人間のエゴでしょうね。100%完璧な人間がいないという大原則に立てば、相手を許すという幅を持つべきだ。
 福祉関係者以上に狭量で度量がない宗教は、いま、正直自らの立つ位置が掴めずもがいていると私は思っています。
 ホンネとタテマエの無い、知的に障害があると言われる人達の強みは、教えがなんであろうと関係ない、嬉しい時には笑顔になれるということだ。
 自分を探すことが人生の指標であるとすれば、嬉しい時には笑顔、悲しい時は涙が流せる生き様が大切だと思う。
 争いごとは双方に納得が得られない時に起こる。これは契約制度や措置という制度の問題ではない。こいつは信じられる奴か否かという、根源的な問題だ。
 そうそう、一応、坊さんらしいことを言わせていただくと、『まんだらの思想』ありとあらゆるものが共存する社会の創造。
 これは凄い。なぜ凄いか、これからの私自身の生き様で確認してみたいと思っているのだが、できるかな?できねーだろうな。

1676:Spirit

"Spirit"は気概:気迫という意味がある。動詞でspirit upと言えば「〜を励ます」という意味だ。それにthe spirit となれば「(時代の)特質・傾向」。今年1年、振り返ると、この言葉が繰り返し出てきたと思っている。何故、ヤヤコシイ表現を敢えてするかといえば、どうしても慣れ親しんだ言葉には違和感を持ちえないからで、良く考えずに使用していることが多い。ちょっと視点を変えてみるのも一味有り、確認するが元の意味は、気概である。
 一般に内面描写には確とした根拠はない。外柔内剛と言えば、評価は良いが優柔不断では頂けない。世界の動きで、中国の存在が肥大化した年でもあった。万博やオリンピックという最大のイベントを続けて開催し、経済発展の凄さを世界中にアピールした。外交に関しても強かで人口13億人という背景をもとに攻めの外交を突き進んでいる。このままいけば、アジア全体が中国一色に化して、小国日本などひとたまりも無く呑みこまれてしまうという危機感を持った。
 金融危機があった時に各国政府は多額のお金を市場に流した。その金が一体何処に行ったのだ。多分に中国への投資がなされたと思う。いま、バブルの怖れを中国も感じ、立て続けに銀行金利を上げ始めた。GDP世界2位を中国に追い越されたと騒ぐ、人口規模で10倍の中国の国内総生産を単純に比較はどうかと思うが、(世界四季報)によれば、2050年になると、中国が米国を抜き断トツで1位になると予想する。増加倍率が1ケタ違う。2年前のデーターだが米国のGDPが約14兆米ドル、日本は約5兆米ドルである。それが2050年には中国が21倍の増加率を示し、70兆米ドル、日本は1,5倍で6.7兆米ドル(8位)と予測されている。
 40年後がどうなっているか分からないから、それほどの現実味を感じない。しかし、歴史からみて、数十年という期間は決して遠い未来の話では無い。
 人間は予測通りにはいかない。果たして中国が今の体制を維持し続けることができるのかどうか。一人勝ちの中国にオールスターで反旗を掲げることも否定できない。
 まっそこまで行くともう何でも有りの様相だ。自然環境問題一つにしても国連としての方向が決められない実態、各国の思惑が交錯し、将来への展望は非常に難しい。
 現状を憂いているばかりではなく、一歩足を踏み出す気概が必要だ。日本が果たす役割は、実はそこにあると誰しもが感じている。
 だが、そのメッセージを世界に投げかけるどころか、実際に行われている政治の状況は、滑った転んだのあまり重要性の無い事の綱引きを行っている。まさになんでもゴザレ、細分化した小党の抱き込み作戦を水面下で行いながら、世評を意識した政治倫理の攻防・・・・。こんなことに血眼になっている場合じゃーないだろうが。早くケリを付け、次に進め!恐れる事など何もない。気概の無い烏合の衆、出て行く勇気があれば出て行かせりゃー良いんだよ。どうせ何も出来ないんだから。この決断を皆が待っているんだな。過去の栄光に浸っている人間の出る幕では無い。
 民間企業は、政治のゴタゴタにいつまでも付き合ってなどいられない。M&Aへの対応策だって休んでいる暇も無い。
 言葉だけが一人歩きしている。日本人総中流などと酔いしれていたら、今や30%以上の人達が年収200万以下になっているという現実、更に有効求人倍率は0.5%台前半、完全失業率が5%という厳しい状況、これに効果的な手立てがなされない。
 「経済」とは本来は「経世済民」で「世をおさめ、民をすくう」意味がある。政治・統治・行政の総称である。この要の政治が混沌たる状況、方向が示されず、その場しのぎの良いとこ取りは否めない。
 日本人が嘗ての貧国の憂いを再び繰り返すのか!粟を食いながらも耐えて生き抜く気概(spirit)が有るのか!
 食糧自給率を本気に上げようとするのであれば、補助金をチラつかさず、徴兵制の変わりに1年間の農業体験を全ての若者に義務化してはどうなのか?私の住む神立も嘗ては肥えた土壌で作物がなんでも作れる畑や田んぼがあった。それが今、惨憺たる状況にある。自分の食を自分達が得るという原点は決して空論ではなく、近い将来必ずやってくる。
 そこに政策の視座を置くべきだと私は思う。
 

1677:衆愚政治?

早朝の静まり返った部屋でOrshestre de Paris の奏でるモーリス・ラベルのボレロを聴いている。この有名なバレー曲は2つのメロデイが17分繰り返し演奏される。聴いていると徐々に気持ちが高ぶり、その重厚さと合わせ、クライマックスに達し曲が終わる。
 別に俄か音楽評論をするつもりは無い。”衆愚政治”という言葉を知ってしまった。その意味を調べ始めるとボレロの単調な繰り返しで増幅されてしまった。もう止まらない!日本の現状が議会制民主主義制を揶揄した言葉『衆愚政治』にピッタリ合うので少々気持ちが悪くなったのだ。譲り合い(互譲)や多様な意見が飛び交うだけで合意形成ができず、具体的な方向性が示されない状況だ。
 そして、議員のエゴイズムによって意見がぶれる。ややこしい課題への意図的な無視や個人任せの機会主義、その結果、重要課題の先延ばしへと続く同じパターン。内容は議論の重厚さに欠け、論理的な説明も無く、民主主義の何たるかという多義性ばかりが目立つ。
 これは一体何によってこうなってしまったのか?当に日本の政治が直面している深刻な課題、実質的な終身制や世襲という問題によって作られてしまったと思う。多様な意見を持つ者が互譲を含んだ理性的な対話が為されるべき処、一向にその気配を感じない。むしろ誰もが保身に夢中で、どっちの方棒を担げば自分の利になるかだけに関心を示す。
 その一番の原因は責任の取り方にある。武士道精神を引き合いに出したくは無いが、年末のこの時期に忠臣蔵が茶の間の人気となるのは当に一般市民の居たたまれぬ怒りのハケグチでしょう。
 部下を犠牲にして自らはその責任を取らない。知らぬ存ぜぬで白を切る。一番に腑に落ちないのは、税金を納め忘れた方が、1度に納めた多額の税金の一部が時効にかかって戻されたという。そしてその事に関してコメントはご遠慮すると事務所のコメント。植木等の歌じゃ有るまいし、”これで良い分け無いわな。”
 そして仰ったお言葉は、国民に優しい政治・・云々。国民をどこまで愚弄すれば気がすむのか! 彼らに共通するのは周囲に苦言を呈するものを排除する。そしてゴマスリだけを侍らせる。これを衆愚政治と言うんだよ。
 最近ではマスコミからも飽きられてしまって、トップニュースはいずれもスキャンダラスな内容ばっか。そんなこと当事者同士の問題でしょうが、公共の電波で時間をさくような話じゃない。それよりも政治家よ危機感を持て、そして政治を志す人間は自分の引き際を間違えるな。
 政治家としての責任は、小学生にでも判る事、重要案件の討議すらできない、お騒がせに対して謝罪すれば済む事では無いと言う事だ。潔く辞職することしか選択の道は無し。誰か言ってやれよ。
 年末になってまでこのような事に目くじらたてる自分に愛想が尽きた。
 本当は”夢”を語らうつもりだったのに、あのボレロが悪かった。♪
 

1678:もういくつ寝ると

お正月にはタコあげて コマを回して遊びましょう・・・・・。確実に世の中が変わっている。良くも悪くも。司馬遼太郎が書いた『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』が連続ドラマ化され、幕末〜明治維新への関心が深まった1年であった。そこに登場する時代の寵児を現代に迎えたいという待望論。日本史では近世と言えば、江戸時代を指している。ヨーロッパではルネッサンスから絶対王政期を一般的に言う。
 当時を知る人はいないから、その時代のどこにスポットをあてるかによって受け止め方が大きく変わる。将来、現代を振り返った時に果たして何が特徴と成り得るか?
 そんな事を考えている。日本の文化財修理において近年多くの改修工事がなされた。その一つで唐招提寺金堂の解体修理は10年も費やされ終了した。(井上靖著:『天平の甍(いらか)』)
大屋根を外して判ったことに、明治時代に行われた改修で、伝統技法に忠実な古建築の専門家から見れば想像できない新しい技法(骨組)になっていた処があったという。これは文化財修理においては許し難いことであろう。
 内部荘厳に関しては創建時の天平様式が金堂内部に描かれた絵図に微かに残されていた。そこから丹念に復元する作業は、今の時代からすれば正しく別次元の根気のいる作業だ。
 使用された木材の年輪から伐採された年代を正確に出す技術も凄い。何せ1200〜1300年前の時代への挑戦だから我々には想像できない。
 何故、古き良き時代への追懐が盛んに行われているのだろう。これは未来への不安と何が大切かという事への再検証が現代人の根底にあると私は思っている。
 もういくつ寝るとお正月♪と歌われた時代は今は無い。子供たちの喜ぶプレゼントはタコやコマではない。ITゲームに象徴されるように遊びの仕組みなど関係無く、只管、自分の世界に没頭できる遊びが人気だ。
 そこには人と一緒に何かを行うという事がスッポリ抜けている。遊びの単純化はより複雑でスピデイなゲームに変わった。(実は単純な仕組みだからこそ、そこに奥深い想像の世界があった。)
旅行一つを考えてもどうだろうか?昔ならば歩いて伊勢参りや四国遍路が常識だった。歩く事で気づくことや出会いがある。それが便利さを求めるからその分得るモノが減った。
 私は夜、できるだけ歩くようにしている。それはまだ成しえない四国を歩くことへの下準備、
 今日を入れて3日で2010年も終わる。この1年を振り返り大いに反省していることがある。政治や行政への不満を挙げ過ぎたという自省、親しかった友人や知人が病に倒れたという身近におこった出来事にその思いがより強まった。
 周りに対してどうのこうの言う前に自分がどうあるべきかを考えろ!と気づいた。全く遅蒔きと言われれば否定しない。
 来年はウサギ年、2足の草鞋を脱ぐつもりはないが、いい加減に似非坊主を返上しないとなるまい。焦りというよりも彼の岸に渡った時に先輩達に合わせる顔がない。
 

1679:遺&忘

「忘」と「遺」は類語になる。解字すれば忘は心が無いとなる。つまり心中から消えてなくなることの意味で、「遺」は「置き忘れ」とか「とりのこしていってしまう」という意味と「おくる」というもう一つの意味を持っている。その類語が「贈」となるそうだ。(贈呈・贈与・・)斯様に漢字はその成り立ちから様々な展開をし、思ってもいない方向に進む。
所詮、人間が考え出したことと言え,ただただ感心するのみ。
 さて、夜中にいつものように目を覚まし、テレビをかけた。NHKの特番で解説委員9名による今年の総括番組があった。最後の1時間程だったが見ていたら、様々な課題に各委員がそれぞれの見解を述べ、視聴者からの意見も随時紹介されていた。なんて言う事だろう、全ての課題に対しての評価が悲観的なものとなっていた。外交・経済・社会保障・政治・・・など9割以上がマイナス評価であった。ここまで落ち込んでしまった状況をみて、後味の悪い番組だった。もうじき新年を迎えるというには、重すぎる内容だった。
 政権与党が年越してまで権力闘争をしている場合ではなく国内政治の安定を早く築くことである。それと国民の意志がより鮮明に試される。選挙結果だけで判断するには変化が早過ぎる。今の世界の潮流に乗れるかという不安、余りにも調子の良いことを約束し過ぎたんだね。その中で一つのことだけでも先ず結果を出すことが望まれているのではないか。それと確たるリーダーシップを発揮すること。お互いが足を引っ張りあいしている場合か。
 選挙で数の論理を最優先する手法にウンザリ、ここに最大の政治不信がある。先の衆議院で国会議員となった1年生議員達は一体何をやっているのかと言いたい。いつまで勉強していれば良いのでしょう?。受験生じゃーあるまいし、アンタ達を高額な授業料(税金)で賄う余裕など今の日本に無い。政治を私物化しているし政治家の役割がチグハグなのだ。
 人間、本当に引き際が大切だと思った。賞味期限が切れた人達が以前としてポストを離さない。そしてそのツケを若者に遺して平気でいる。これが憂国の思いを更に増幅すると私は思っている。
 先ほどの番組で「人間の絆がどうなると思うか?」という問いに、これまた悲観的な意見を持つ人が9割を超えた。これは格差の拡大を是認する今の日本の風潮と繋がっている。社会保障の原点に返れば直ぐに判ること、公助と自助の議論をしなくとも常識で判るはず、政府が行う様々な手当てに、その視点を疑う。財源が豊かな時代ならいざ知らず、今や条件無しでばらまく事はしてはならない。
 公的な補助の生活保護だって受給することが最後の砦という方も確かにいる。その人達を公助することは当然である。その一方で懸命に働いてもその手取りよりも生保の方が多くなれば、いかなる美辞麗句を連ねても働くモチベーションはあがらない。制度の福祉の限界をどう埋め合わせすればよいのか。そこに人間同士の絆が不可欠だと思う。
 絆という意味は、断つにしのびない恩愛だ。無償の助け合いだ。そこに権利と自由という考えが変に絡み合い、情の薄い状況が目立つ。本来の趣旨と違う。最近の福祉の流れを観れば一目瞭然、障害者の人々の地域での受け皿が本当に有るのでしょうか?地域生活の仕組みを最大限に評価したとしても、実態はそんな生易しいものとはなっていない。障害者や高齢者を地域に送りだし、地域住民の意識改革をさせようという目論見でもあるのなら、それは許される事ではない。本末転倒、寒空に肌着一枚持たせて放り出すような事をしてはいけない。
 生きるということの価値観がここまで多様になってしまうと正直、どこにその糸口を見出して良いのか判らない。
 将来が見えないならば、過去に戻るしかないだろう。遺訓という言葉があります。これには先人の意志が詰め込まれている。
 歴史に学ぶというのも同様だ。日本人は過去の恩恵を軽視しすぎた嫌いがあります。これこそが発展に血眼になっていた時に忘れてしまった(置き忘れた)大切なことだろう。もっと謙虚になって、遺&忘の意味を見つめ直し子供たちに何を贈るか(遺すか)を皆が考える、それこそ今我々ができる最良の方法だと思います。
 

1680:2010年

1年があっという間に過ぎて行く。還暦という節目に様々な事を考えた1年であった。前No:1679に続く、日本の将来を託す子供たちに何を遺せば良いのかという事。
 戦後復興の為に最優先に行ってきた事でここに来て様々な矛盾が見え始めている。経済を第1と考える割には巷に無駄が氾濫しています。尚恵学園によく野菜を届けてくれる方がいる。運送業を地元で大きく行っている会社の社長だ。大手のスーパーへの配送を一手に引き受けている。形や色で振り落とされてしまう基準外野菜、今までは破棄していたものをお裾分けで届けてくれる。
 まっすぐに伸びたキュウリしか店頭に並べない国が果たしてどれだけ有るのでしょうか?ここに日本人の奢りを感じるのです。一生懸命作った農家の人達の事を思えば、消費者だってその意を酌むべきだ。そして表向きには自然との共生などと立派なことを恥ずかしくも無く公言するから世界から信用されない。矛盾のもう一つの例をあげましょうね。
 日本の豊かさは輸出によって支えられてきた。これを疑うものはいない。企業は何故、生産拠点を外国に移すのか?
それはもう歯止めが効かない状況だ。それよりも優秀な技術者が外国企業に鞍替えする時代、日本の為というよりも自分の為はミエミエ、これを一概に批判はできない。
 経済的に或るレベルに達した国が次なる目標を見失うことは良くあることかもしれない。ただ、日本がどうかと言えば、とてもそんな風には思えない。むしろ格差を野放しにしている状況があります。格差は或る意味では競争社会での勝ち組かもしれない。
 金持ちはシブチン(ケチ)という。共生社会に馴染まない。自分の財産をどれだけ増やせば気がすむのか?その基準が今、日本には全く存在しない。戦後処理の後遺症?か。宗教や哲学が隅っこに追いやられてしまって動けない。本来の人として道を説く役目が眠っている。否、自らの安住の場に満足してしまった状況だと私は考えている。
 子供たちに何を伝え遺すのかを考えてみれば解ります。勉強を一生懸命して良い会社に就職し高い給料を貰って・・・という価値観。
これで本当に良いのでしょうかと言いたい。
 自らが育った地域を見れば、自分達の本意でそうなった訳では無いのに苦労している人達がいますよね。これらの人々が日本が豊かになって減ったでしょうか?
 私が今年1年を振り返って強烈に残っている言葉があります。本人の同意は得ていません。
彼は健康そのもので事業も順調にすすみ、順風満帆な生活をしていました。それが突然、病魔に襲われ、自分が不自由な生活を送るようになってしまいました。私は時々彼を見舞いに行きます。友人も一緒に。
 「自分が障害者になって初めて尚恵学園の人達の気持ちがわかった。」と彼が言った。その時、その意味を確かめはしなかった。
それは、福祉を職業としている人が本当に障害を持っている人の気持ちを理解して接しているかという事を言っていると直ぐに判ったからだ。
 それから、一緒に見舞いに行く友人がぼそっと言った言葉。
「本当は、宗教は生きている人の為にあるんだよね・・」という独り言。私は何も言えなかった。
 そして1年の総括として、自分の事を棚に上げた生き方は止めようという思いが強まった。
 私の性分で上手くできるかどうか解らない。その時には二人のツブヤキを思い出して。
2010年、多くの皆さんにお世話になりました。心より感謝しています。
 

1681:2011年

2011年、本年も宜しくお願い致します。
 私は今年はこんな年になるような予感がします。それは色々な意味で従来の古い形からの脱皮の年になるように思います。去年亡くなった作家の井上ひさしさんが言っていたことですが、年を取るにつれ、生まれ育った故郷が恋しくなると。彼は山形の片田舎の出身、若い時分は吃音に悩んだと言います。私が最初に彼を知ったのはNHKテレビで人気を博していた番組「ひょっこりひょうたん島」でした。これこそが故郷だと言います。それは多様な価値観を持つ人達が一緒に仲良く生活する姿。そして、山形も故郷、日本も故郷、地球も故郷、銀河系も故郷・・・・という発想の広がりです。
 地球上にどれだけの人間がいるのでしょうか?2010年10月の統計で約69億人ということです。日本は1億2千万人です。これだけの数の人間が地球上で生活できているということは様々な恩恵を受けているという事でしょう。
 昨年を思い出して見ますと様々な事件や紛争が起こっています。人が人を殺戮するという痛ましいことが繰り返されました。また、身近な人が理由が良く分からないで身近な人を危めたり暴力を振るうということが目立ったように思われます。
 本当の意味の絆が無いからでしょうか?
 それから、今をどのように変えれば良いのかという事が蔑ろにされていると思います。時間だけが容赦なく過ぎて行きます。後戻りできない所までこのまま行ってしまうのでしょうか。
 今年もかとまた顰蹙を買いそうですが、政治を見れば一目瞭然、小さな政党に枝分かれしてそれぞれの主張する処が見えにくくなっています。本来ならば政治が一番変わらなければならないはずです。しかし、旧態依然とした状況は何も変わりません。変わらないはずです。自分達の都合での決めごとが多過ぎるからです。それを変えるには、国民の意志が重要になるわけですよ。国政選挙だけでなく地方選挙でさえ、投票率の低さは一向に変わらない。このことが諸悪の根源に有ると思います。
 そこには、政治不信と諦めが何重にも重なっているのです。
 ”平和”と”無関心”は紙一重、何も自分がやらなくてもという気持ちがどこかに有るのでしょう。
 今の状況で政権を続けることに、どこかでNOを突き付ける時が来ると思っています。まず与党内のルール欠如、協力応援を惜しまないと口では言いながら実際に行っている事は全く逆、有権者はもうハッキリ見透していますよ。
 まず、その辺から地殻変動が起こりますね。
 世界の信用を得る前にやるべき事が沢山あります。我々が出来ることは、しっかりと目を離さず見守っていくことだと思っています。そして、言うべき事は言う。それこそが故郷を孫子の代まで大切に守っていくことの一番の近道になると思うからです。
 こんな調子で新年を迎えました。願わくば末長いお付き合いをして頂きますよう伏してお願い申し上げまーす。

1682:薄粧

今年は傘を作りました

お寺の庭に置かれた”掃除小僧”、普段は気にしないんですが、寒い日や雨の日になると急に気になったりします。マフラーと毛糸の帽子も新しいものにしたいのですが、妙に似会っているので、しばらくは我慢していただこう。そして、昨年の晦日に傘を差し掛けて、薄化粧。この歳でのちょっとした遊びこころ。お笑い下さって結構です。
 六地蔵にも新しい真っ赤な帽子と前掛けを掛けました。あれはもう大分昔のことになりますが、高野山の奥の院に通ずる参道にあった水子地蔵、誰が取りかえるのか、綺麗な帽子になっていた。
 ささやかな心遣い・・・・日本人が昔から持っていたものでした。相手から見返りを望まず、自らの意志でやってきたこと。ギブ & テイクの本来の意味は、さり気ないことだったと思う。声を大きくしてまで言い散らす事では無かったはず。
 皆さんの気持ちに余裕が無くなってササクレ立つている。だからちょっとした事で切れるんじゃーないだろうか?
 自分自身を鏡に映してみれば、1年で正月が一番いい顔しているんじゃないだろうか。だからだと思う。今まで気づかずにいた事に目がとまる。しまい込んだカメラを取り出して花を写してみたり、また明るい時間に歩き始めたり、これを至福の時と言うんだろうな。
 学園に毎日顔を出しています。すると、いつも家に帰れない人達からの視線を感じます。いつもだったら、「正月ぐらい家に連れて帰ってくれよ!」というイラダチが必ず出てきます。でも正月は違う。「ゆっくり自分の時間が持てて、まっ良いか」と思う。これは一体何故なんだろう?
 余計なお世話かもしれない。ささやかな喜びで良い。そうすれば何か必ずヒントがあるはず。
人間、何もすることが無いということは無い。心臓は意志に関係なく動いている。もしも止まったら一大事、この事が実は健康な時には気づかない。
 閑話休題
 ルネッサンスという言葉ですが、これが今の世の中に必要ではないでしょうかね。ルネッサンスとは”再生”の意味でして13C末から15C末にかけてイタリアに起こった復興の動き、出口が見えない日本にとって今一番、発想の転換が必要だと思いますね。
 人間中心の文化への舵を切る。個人主義が利己主義と混同している。芸術や思想の革新・現世の肯定・個性の重視・感性の解放を掲げながら昔の良き日を再現しようではありませんか。
 経済の豊かさ=幸福という考えへの疑問符。だからと言ってそれに代わるものが見出せない。この閉塞感。
 ある意味では醸成期間かもしれません。産みの苦しみとでも言うのでしょうか、試行錯誤の連続の中で各自が本来の姿に再生していく。
 長く続いた日本の産業構造もこの辺で見直すという勇気、まだそこまでは成熟していない。
 ただ、気を付けていないと本来は個性の尊重を目指した個人主義運動も他人を押しのけてまで自分の利益を追求するようなエゴイステックな人間になってしまう。
 仏教では、現世利益を願いながらも必ず乃至法界 平等利益の言葉を付け加えている。

1683:鬼手仏心

お寺の仁王門には、恐ろしい形相をしたアウンの仁王像がおりまして、中に入る際に我々を睨みつけています。明王と言われる像はその殆どが怖い形相をしているのです。あれって何でしょうね?本堂に入れば、如来様や菩薩が穏やかな顔立ちでいらっしゃる。これは昔から意味を持たせているわけで、様々な仏様と対面して自分自身が気づかされる。
 近年、神社や寺院が”パワースポット”とか言って人気が出ているという。苦しい時の神頼み?という世相が後押ししているのかもしれません。
 我が家では毎年、3億円ジャンボ宝くじを買います。もしかしてという望みを託す。それに初詣、これもまたインスタントな成就願望。10円を賽銭箱に投げ入れて何を望むのでしょうか?
 金銭の多少ではないことは明らか、普段、ご無沙汰している神社や仏閣に顔見せに行くことが狙いだ。
 私の寺にも大晦日に絵馬を準備し、自由に書いて貰います。徐々に枚数も増えてきたように感じています。今年の中で目にっ止まった1枚。『Give me MONEY』と絵馬いっぱいに書いたものがあった。
 親に対して小遣いをもっとくれ!といっているのか会社にもっと給料をあげろ!と言っているのか。いずれにしても、本尊様はどう解釈なさったか?後で聞いてみよう。
 絵馬を初めて4年目、毎年除夜の鐘に来て下さる方で毎回書いていく人がいます。今年はたった一人の方から「御利益がありました。孫がしりつちゅうがくうかったんですよ」と喜びの言葉をかけられた。正直、何が?わからずソリャー良かったですと咄嗟に答えた。念の為確認。すると「私立中学に孫が合格した」という話だった。
 学問の仏様となって、大型バスを連ねて初詣客が大勢くるお寺になるかも、否・NO・ その器にあらず。
 さて鬼手仏心という意味ですが、現代風に言えばですね。外科の先生がメスで体を切って手術をしますよね。それは患者さんがよくなって欲しいという慈悲心に基づいている。それを言っているんですね。それからお不動様の怖い表情も同じ、禍を防ぐと言う思いがあります。
 最近、これがどこかで狂ってきた。可愛い良い子ヨシヨシなんでも言ってごらん。かなえてあげますよ的な親子関係が目立ちますわな。だってそうでしょう。いつ頃からですかね、学校で先生に叱られたと親に泣きつき、親が学校に文句を言う世の中になってしまった。だから怒れない先生が増え過ぎた。本来、叱ってくれた先生に感謝するのが筋だと私は思う。
 そのまま大人になって良い事はない。そこにどう気づくかでしょう。先ず気づかないわな。
 価値観が全く変わってしまった。苦労少なく楽多しを願う人が多過ぎますよ。
 そうなるとどうなる?鬼手鬼心となること請負だ。Give me a Dream!Money is not best.!
 

1684:プレゼント

日差しにジャケットを干してある。これはNさんからのプレゼント、私の留守中に「ホレ」と紙袋を置いて行ったという。中を見ると、ジャケットと毛糸の帽子があった。何だろう?
 後で解った。Nさんが私に買ってきてくれたプレゼントだった。「高かったろう?」と尋ねると指を3本立てた。300円でリサイクルショップで買って来たという。「あれ、皮だっぺな」と選んだ根拠を説明してくれた。自分としては否定することはできず、いま、どうやって着ようかと日干ししている。
 ジャケットはそれでよし。実はこれにはオマケがついている。毛糸の帽子には感謝いっぱいだ。年の瀬の30日、新築中の家を見せてもらいに行った。その時、床がウレタンだけになってあるのを知らず、足で踏み通してまった。両手をついた所もウレタン(断熱材)諸に頭を木材にぶっつけてしまった。体重を頭で受け止めた形、一瞬眩暈。それでもNさんから頂いた帽子をその時被っていた。タンコブができたが、頭は切れなかった。その夜はアイスノンで冷やし続けた。今日で6日目になる。盛り上がっていた所もへこんで手で押せば痛みはあるが大事に至らずに済んだ。
 今思えば、帽子の値段は聞かなかった。私の悪い処、直ぐに「いくらした?」と尋ねる。Nさんの気持ちも知らずに。
 朝刊の3面に、小さな記事があった。四国の某神社の正月、「不届き者!偽1万円札で商売繁盛祈願?」というものである。取り上げる新聞もどうかと思うのだが、私自身がNさんにしたことも大差ない。
 少ない自分のお小遣いから私に選んでくれたジャケットと帽子だ。多分、みすぼらしい格好を私がいつもしているからかも知れない。それよりもあの時、あの帽子を被っていなかったらと思うとNさんが仏様に見えてきた。
 物が溢れている世の中で、様々なモラルの低下を感じます。正月から歩く距離を伸ばした。小1時間歩く。公園や道路の道端にゴミが捨ててある。車を止め、コンビニで買って来たものを食べ、窓からポイ。これはこの国の文化レベルを示していると思う。
 そうそうゴミで思い出した。GHで生活をしているHさん、地区の分別収集の時に朝からその場で捨てにくる人に指図していた。駄目駄目それはコッチ、色違い・・・・。多分、何も知らない人からみれば変なおじさんがうるさいとでも感じただろう。
 昔、私が福祉の世界に入った頃は、菅先生などに指導を受けた。治療教育と言った。いまは福祉=生活という捉え方、
しかし、どうでしょうか?支援する側、地域の人々、其々がモラルを持っていますでしょうか?自分の事は棚の上、相手に無理押しする事ってありませんか?
 彼らは、忠実にそして心からしていること、それが受け入れられない世の中にもしなっているとしたら、其々が気がついた所から先ず変えていく。これだと思うな!
 ジャケットは今日も干してあります。大分寒くなって、春になれば着て出かけようと思っています。
 

1685:あなたの声

この曲はヒット間違いない。『・・・あなたの声に景色を  あなたの声に色を感じますか? 。。。夜の空を希望が走る。夜の空を希望よ走れ!』NHK深夜便の歌で山崎ハコが歌う「あなたの声」。昔から山崎ハコの歌に惹かれていた私は1月19日に発売するというこの曲を知った。もし、関心がある方がいたら騙されたと思って聴いて見て下さい。
 別にPRするつもりは無かったのです。でも昨日は埼玉の一粒の研修に参加し、いろいろ考えさせられた事と大晦日の除夜の鐘で風邪を引いたようで疲れてしまい早めに寝た。朝のラジオでその曲を聴いた、ハッと何か気づかされた思いになり、あえてここに紹介したのです。
 北海道の美深町から来られた石田さんの講演は非常に解り易く、彼の人間性というか信念に基づいて着実に実践している報告を聴いて、負けてはいられないというファイトが湧いた。50名の入所施設を廃止し、利用者さん全てを地域に移行した実践、5年間の準備期間を設け、職員の意識化、家族への説明、地域の理解、行政との調整を丁寧に行って実現出来た。まだまだ入所施設を廃止してGH・CH化した施設は全国では数少ない。その先陣を切った報告だった。
 その原動力になったのが利用者の皆さんの声だったという。自分が20年間施設に勤めてきて答えられず先延ばししてきた「利用者の人達の声」。
 私が特に印象に残った話を紹介しましょう。女性の利用者の方から『私はどこで泣けば良いのですか?一人で泣ける場がないから』と訴えられた。それに対しこう話をされた。『どうしても施設の職員は泣きたい理由を聞きたがるのだけれども、そうじゃない、彼女が一人で泣ける場所を考えることが大切だ』と。
 この微妙な違いを解るかどうか?施設の支援者としての適否がここで決まる・・・・と話す。講演の途中で10分ほどのビデオを流しながら自ら涙した。学生にいつもこのビデオを見せながら自分も泣いてしまうという。この人は利用者と一緒に今まで多くの涙を流してきた人だと直ぐに判った。
 人は何かをやろうとする時に出来ない理由を予め用意するものだ。その積み重ねが今の日本の障害者福祉の容を作ったという一面は否めまい。「貴方たちの声」に真剣に耳を傾け一緒に涙し、答えを出そうと努力した人達も多い、しかし、どうも制度の福祉という得体のしれない覆いに包み隠されてきたことも事実。
 言葉が無い人には顔の表情から判ろうとしているか!今更、なんだよと叱責を受けるかもしれないが、正直日々の生活で私自身が忘れていた事だった。
 山崎ハコの『あなたの声』はまさに、そこをついている。
 何故、泣く理由を聞く事では無しに一人で泣ける場所を考えろ!と言ったのか。それは彼女と真剣に関われば自ずと判ること。自分が好き好んで障害を持って生まれてきた訳では無い。両親だってそうだ。その理由を敢えて聞かなくとも判るだろうと言っている。彼女は多分、4人部屋の自室で夜中に蒲団の中で一人で泣いていたに違いない。自分で納得しようといくら努力しても、職員に泣いて相談しても、お母さんやお父さんに顔で訴えても・・・解決できなかった事を。
 それをこの国の福祉関係者は、立派な建物を用意することで誤魔化してきたことを認めないといけない。あたかも「俺だってこんな立派な施設に住めないのに良いな!幸せだろう!」と。
ついでに山本一力氏の話。日本の再発見をしようというもの。年賀状が全国津々浦々一斉に元旦に配られる国って他に有りますか?と海外生活の豊富な氏の意見だ。宅配便が元旦に届けられて驚いた話。生き生きとしている配達員の人に尋ねてみたら私たちは郵便局の人達に負けたくありませんからと言ったという。誇りと使命感を持っているその若者に、我々日本人が当たり前に思っていることが実は凄い事なんだと意識することが大切だろうと話していた。彼は”行間を読む大切さ”を主張する作家の一人。言葉で言わなくとも文字で表さなくとも相手の意を察すること。
 これもまた、一つの示唆に富んだ見方である。
 障害者にとっての誇りと使命感って何?、施設職員にとっての誇りと使命感って何だろう?

1686:駆け込み寺

悩み多き事は覚悟の上、さりとて現し身は”公孫樹”に似て、天空に大きく枝を広げ、秋には扇形の葉をタワワニ付け、雌雄の別、明らかに枝も折れるかの如く多くの実を結ぶ。漢名”公孫樹”この言われは知らないが、ギンナンと言っては失礼だ。ご存知の方も多かろう、実が熟した頃に異臭を放ち、触れればかぶれる嫌われ者。しかし、焼いた実は、実に香ばしく美味ときている。枝はしなやかに見えて折れやすく、落ちた葉は始末に困る。
 境内に太さ3mに達するこの木は、年明けてやっと集めた落ち葉が乾き、燃やすことができる。私にとってお決まりの労働となっている。
 私は、銀杏の木をみていると様々な思いが湧きあがる。自分自身を見ているような気になるのも不思議だ。
つまり、大層ご満悦でいると思えば、世の中の眼は冷ややかで一人相撲、強かで打たれ強いと自惚れてみても、一陣の風で枝折れする。決定的に違うのは、銀杏の木は黙して語らず、そして、少なくとも樹齢は我が歩みの比では無い。
 何を感じるか?それは誰しもに良かれという実践は有り得ないということと自分のプレーグランドを持てという事。
 我々の取り組みは、当に現実と対峙していることに価値がある。そこで為し得なかった事への丁寧な説明と自省が重要だ。それは決して言い訳では無く、次なるステップに踏み出す為の糧。
 福祉の究極の目指す方向は”安心”そこに達する指標としての”共生”と考える。お恥ずかし事であるが、正直に吐露すれば、坊主である私自身が迷っている。その迷いを隠そうとは思わない。せめて凡夫たる私が正直に生きると思えば当然の帰結だ。
 迷える羊が群れを作り、エサを求め高原を彷徨う姿を見る思いだ。
尚恵学園の現実に目をやれば、当にエサとなる草が残り少なくなった放牧地、次どこに群れを移せば良いのか熟慮している状況とダブる。
 駆け込み寺などと放言する気持ちはサラサラ無い。『すみません』『ありがとう』のオンパレード。謝ってすむ問題じゃーねえだろうが、。。。解ってる。言われずとも解っているんだよ。
 そこで、自分なりの隠れ場所をチラリと開陳すれば、寺の本堂に並べてある遺影(亡くなった利用者の皆さん)、モウジキ20枚になる。53年の尚恵の歩みが凝縮、本当に救われる気持ちになるのは、皆が皆、笑顔でいること。
 何の宗教でも構わない。「今度生まれてくる時は必ず元気で生まれて来いよ!」と声をかける。
 だってそうでしょう。日本のお寺で最初から同じ宗派で続いている処って少ないし、時代時代で変わった、その事を思えば、大した問題じゃーないんだ。

1687:裏腹

浮世の柵(しがらみ)にツイツイ我を忘れ、本意では無くても妥協を繰り返す。その結果は言うに及ばず、何も残らず虚しいものだ。人間は感情の生き物、時と場合によって意志に無関係に様々な表情を示す。だが、最後の時を自覚した時、見つめる先は1点に集中する。その点は何か?世に存在する宗教の全てが盛んに問い続けるテーマ。
 仏教的に解釈すれば、四苦、つまり、生老病死の最後の”死”にどう向き合い、自分なりの解答を見出すかという道程。
 死は点ではなく、通過点だと思う。霊魂を認めない宗教、ならば死後の世界をどう説明するか?「考えるな!」と喝破する。凡夫はそこに到達するには、余りにも脆弱だ。
 その1点を掴み切れずに死を迎える人が多い。浮かばれないと遺された者の想いが後の後の供養という容で続く。
 だが、現世がここまで多様な価値観により、混乱していれば、遺された者の救いの欲求のほうが強くなる。
 生きる事の価値とそれをどうにかして探しもとめようとする渇望が絡みあい、常識では考えられない事件が起こっているのではないか。そのように考えると無差別な殺人や限度を弁えない虐待など悲惨で理解できない事の背景が読める。
 ”裏腹”・・・・感謝してますよと心と裏腹な世辞を言い。この”うらはら”という言葉は、人間誰しもが持っているもの。
 だから、お世辞をマトモニ取る者はいない。しかし、今問題となっていることは、裏と表がどっちがどっちという判断が出来ない状況だ。義務と権利でも判るはず。自分さえ良ければそれで良しという常識、これなど国の方向を定める時に一番厄介な障害だ。憲法でうたう「思想信条の自由」??? 「自由」と「無い」のでは偉い違いである。かたく信ずる事が無く、日和見主義で国を導こうとしても駄目だ。期待すれば裏切られ、それを正直に認め謝罪すらしない。もっと酷いのは、俺は悪くは無いと開き直る。昔ならば、その辺のドロドロとした部分は世間には見えなかった。いま、自らしゃしゃり出て説明までする。
   ・・・・・・
    恨んでも恨んでも躯裏腹 あなた・・・山が燃える
      戻れなくても もういいの くらくら燃える 地を這って
         あなたと超える 天城越え。
                                   

1688:トピックス

昨日は3か所で新年会、水戸では地元新聞社主催で1000人も集まる恒例の集い。乾杯と同時に私は退席した。つくば市で同時刻に私共の通所部の新年会へ直行、親子で出席する方が目立った。最後は4名だけのプライベートな集まりを土浦市内で行った。結局朝の9時に出て帰宅したのが9時を回っていた。ああ・・・シンド!
 筑波大がJICAより受けた『教師教育における特別支援教育強化プロジェクト・・・・障がいのある子どもたちに教育の機会を(アフガニスタン)』の責任者中田先生を囲み、夜遅くまで話が尽きなかった。JICAのホームページのトップに紹介されていた。尚恵学園は2度ほどアフガニスタンからのお客様を受け入れた。20数年に及ぶ戦争、依然として政情安定とはいかず、各地でテロによる犠牲者が後を絶たない。そのような中でこのプロジェクトはスタートしている。まさに命をかけた活動だ。何せ一つの学校に生徒が1万人、(小・中校)教室が足らず、時間差で授業を行っているという。その中のほんの一握りの障害のある子どもたちへの教師養成カリキュラムと指導教材(シラバス)の開発を手助けするというものだ。
 戦争で何もかもが破壊され疲弊したアフガニスタンで全ての子供たちの教育ニーズに対応していけるような取り組みが始まった。私共も日本での研修日程の中に施設見学を入れてもらったことで、今回のプロジェクトの成功はとても喜んでいる。
 確かに、日本にだけいると現状がどのレベルにあるのか判らない。報道により、新興国の目覚ましい発展など断片的に知る事はできるが、その国の底辺部分がどうなっているのかまでは知り得ない。
 これこそ、人との繋がりで解ること。教育とは、何も学校教育だけではない、あらゆる業種で教え学ぶ関係は築けるものだ。4人集まった。其々が職業は別、大学の先生・設計士・獣医それに僧侶、年齢も近いということで問題の共有は実にスムーズ。それと、林住期に向かう年代で其々が拘りをもった夢を持つ。
 ある意味では恵まれ過ぎた今の日本で、何も今更という気持ちも有るのだが、性分と言うものは如何ともし難い。
トピックスとは話題という意味である。話題が無ければどうなるか?これからどれだけの人生を送る時間があるのかは知らないが、何かに拘って生きてみたい。これこそ他人のせいにすることではなく、自分自身の責任で燃焼することだ。
 世の中には、どうでも良い事に時間を取られることが多い。そこは正見正思、意味を感じない事は遠慮させていただこう。生来が寂しがり屋なのだろうが、晩年でさえ一人相撲ではなく、何かと関わって生きていきたい。
 新年早々、鼻がムズムズ、風邪でもひいたのかもしれないが、熱は無し。今年もインフルエンザシーズンになった。そこで面白い話を聞いた。獣医さんの話、何万頭の豚を飼った経験から、なるべくならば抗生剤など使わず、栄養のある食事を与えて自然治癒力を付けることが一番だと。動物は生まれて直ぐに自らの足で立ち上がる。母親はそれを傍でじっと見守っているだけ。満腹なライオンが多過ぎるという。百獣の王様が爪楊枝を欲しがるような育て方はどんなものか?
 確かにそう言われてみると、我が家の2匹の猫どもは、どこかで鼠と出くわせば、逃げるに決まっている。
 インフルエンザも伝染するが、情熱だって伝染する。なるほど。そう考えれば人生は満更捨てたものではない。

1689:安心

私、ミミと申します。一宿一飯、縁がございまして、只今、居候の身でござんす。
思いだしますと自然と涙が流れて参ります。ありゃー雨の降る夜でした。夜半より西風も出て参りまして、気温の割には寒さが身にしみる晩でした。いつもなら生臭坊さんで朝のお経を聞いたためしがござんせんし、鐘楼の鐘だって他人任せ、その坊さんが私を拾ってくれまして、はいはい、最初は私も体が弱かった。母親に捨てられて、正直何も食べておりませんで、妹は幸いもらわれていきまして。。。ほっとしております。なんと申しましょうか?世の中には奇特な方がおられるもんで、私が体調を崩し、コリャー駄目かもしれないという状態になりました時、立派な獣医さんに出会いまして、そうでした丸1週間、病院に通いました、なんやら知らない注射を背中に打たれまして、そうこうしてましたら不思議なことに食欲が出て参りました。獣医の先生はお金を受け取らんのですよ。そんじゃーどないしても元気にならにゃーと覚悟しまして、我慢して食べたんです。
 でもねー。生臭坊さんのお寺にはいい歳したハナ婆さんがおりまして、何を思ったのか、やたら私を見つけては怒るんですよ。でもね、幸い、婆さんは歯が全くないんで怖くはなかったんですよ。これも後で解ったことですがね。婆さんは、私がジャレますとね、凄い顔して怒るんです。そして右足で私にパンチを打とうとするんです。でもね、婆さんは爪をたてなかった。これって凄いっすよ。婆さん良く解っていたんだ。それを知ってから、わたしゃー泣けましてね。
 あれから半年が過ぎ、ご覧のように私も大きくなりまして、最近特に生臭が良く私と遊びたがるんで、仕方が無いから、少し付き合ってあげるんです。先日もね。あまりしつこいからね、鼻を引っ掻いてやったんです。それでも懲りない。次は目じりを噛んでやった。あの坊さん、変ですね。懲りないんですよ。相当ストレス溜まってるんじゃーないだろか。
 そして、最近は私を外に連れ出すんですよ。わたしゃ、今まで家の中から一歩も出た事なんだから。恐ろしいやら寒いやら・・・・・。でも世の中広いっすね。私は最近、外に出たくて出たくて、すると生臭が心配なんですかね、後からついてくるんですよ。ホントに世話がやけますよ。
 
 ・・・・以上がミミの独り言・・・・・
 ミミは立派な雄であります。力が強く、噛む力は相当なもの、私(生臭坊さん)は両手は引っ掻き傷で大変です。今日は休み、外にミミを連れ出しまして相手してやったんです。いい加減疲れたんでしょう。炬燵蒲団に寝てしまいました。

1690:再生の条件

古紙を再生した紙がある。これだけコピーが日常の中で溢れてしまうと、膨大な無駄が毎日、なんの疑問も感ぜず繰り返されている。私は昔はガリ版で新聞を作った。檀家さん向けの機関紙である。字が下手で読みづらく数年でそれは止めた。その後は中古のタイプライターを手に入れ、鉛で作られた活字を必死で拾い文章をうった。
 当時はコピー機など無く、手を真っ黒にしながら手刷り印刷した。その後は輪転機を施設で買ったのでそれを使った。
 それからワープロを使い、そして、今はパソコン、カラーコピー機も施設にあるので非常に便利になった。
 兎に角、40年前から手作り新聞を作っているのだから年季は入っている。でも、内容はと言えば、全く成熟はせず、後で読み返し恥ずかしいかぎり。
 文章を書くことには抵抗はない。正直、どのような内様でも時間もかからず書きあげることは可能だ。昔は誤字脱字を気にして辞書を脇に置き、文章を書いた。今は電子辞書一つあれば十分、それにもっと詳しく調べる時は、インターネットの辞書機能を使えば容易に調べられる。自棄に便利な世の中になりました。
 巷では日本の危機を煽ぎたてる。確かに不平や不満を挙げれば切りが無い。・・・が、何と比べてか?はっきりとした根拠は見つけにくいのではないでしょうか?メデアは受けの良い記事をより早く発信しようと競う。彼らは発信するのが仕事それに比べ受けて側は大変です。受ける情報の許容量を超えてしまい一方的に批判したり権利を主張する輩が増えるのです。
 人生80年と考えると決して長くは無い。もしも、インプットとオウトプットのバランスをトータルで計る物差しでもあれば、相当ズレがあるだろう。
 菅さんがインターネットの番組で心中を吐露したという。「首相が短期で変わる理由が何となく解った。」と。そして”萎える”と言ったということ。萎えるという意味をそのまま解釈すれば、気力・体力が無くなりぐったりするという意味だ。彼はまだ就任して1年も経っていない。日本の歴代首相で現役の国会議員は何人いるんだろうか?全て言い当てることができる人などいないんじゃーないだろうか。それとも首相というイスはそれだけ魅力的なものなのか?
 現役の首相がこんなことじゃーどうだろう。日本と言う国は有る意味では平和、悪く解釈すれば平和にボケがつく、ノーテンキ・他人事ということだ。
 学校を卒業しても就職浪人する数が半端じゃない。大卒後に専門学校に通い、何らかの資格を取る若者も増えている。
つまり、従来のお決まりのコースが描けなくなった。
 新興国の発展の勢いを盛んにPRするマスコミにも言いたい。インドでは大変な数の汚職事件があると言う。特権階級の醜態であろうが、中国だって同じ。いつの世も良き行いをする者がいれば影で私欲を肥やす者もいる。私はもっと罰則を強くする必要性は感じている。いまタイガーマスクなる人物が毎日話題にでている。学用品を養護施設などに匿名で送り続けている。
 これを陰徳というのでは無いように思えるのは、タイガーマスクというネーミングが時代を妙にあらわしているからだ。金や権力をもつ人間が実に体力的には弱弱しく見える日本、これこそが危機だと思う。再生の条件は、親の遺産のオコボレで何不自由のない生活をしている人や公金を上手い事やって私腹を肥やした政治家などにもっと司法が厳しくすべき。そのけじめが曖昧だ。この種の人達が一掃されないとこの国の真の再生は難しいと私は思う。
 私流の言い方をすれば、コソコソではなく堂々と言うことだわな!