源究153

  

NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日
2571 実地検査 1/29 2576 パンフェスタ 2/10 2581 春雷 3/5 2586 彼岸明け 3/24
2572 別れ 1/31 2577 感動 2/16 2582 3月10日.11日 3/11 2587 業者決定 3/25
2573 さりとて 2/3 2578 評価社会 2/19 2583 新築工事 3/13 2588 ....ing 3/28
2574 忍なれば 2/5 2579 一つの命 2/22 2584 視力と読書 3/16 2589 年度狭間 3/29
2575 受容器 2/7 2580 インフルエンザ 2/27 2585 彼岸入り 3/18 2590 一念発起 4/1

2571:実地検査

23年・24年分の実地検査がありました。茨城県内にある福祉施設の数が多くなり、あれは何年ぐらい前だったでしょうか?2年に1回という監査になったのです。書類を持ち出し、聞かれた事に答えるのは大変です。
 毎年、変化無く、淡々として事業を行っているのが実際の施設現場、ですから急に尋ねられても返答に困る場面が出てきます。
 私の立場は理事長というもので、検査の場にはいますが、殆ど声がかからない。これが良いのか悪いのか、性分とは如何ともし難し、気になってしようがない。
 何せ、今回は県と市、合わせて11名の検査員が来ることになった。でも、インフルエンザに罹患した方が出て2名減った。
 私共からは16名が同席し、それぞれに別れ9時から4時まで行ったのであります。
 皆さん!!!お疲れでした。
 さてと、世の中は当にルール無き混乱という状況にならんとしている。ニュース等に中東やアフリカでの内戦、旧ソ連、それにアジアの不穏な動き、連日報道されている。
 無差別の攻撃は女性や幼子が犠牲になる。何故なんだ。どうして血をながさなければならぬ。
 どんなに冷静沈着にしようと思っていても、実際難しい時代となりました。
 そうこう考えていたら、尚恵学園の中はユートピアそのものではないか!とふと思った。
 こう思うのは自分勝手なんでしょうね。まー いいやね。
 去年、ブータンに行った時、タイのバンコックから入った。喧騒の大都会から飛行機で数時間、4泊という短期滞在でしたが、背延びせず、自然と共存を模索する小国ブータンの素晴らしさを満喫。
 いま、日本でそれを望んでも難しいと感じました。アベノミクスとかいって政府は経済最優先政策を掲げ、破竹の(?)勢い。
 本当にこれで貴方は満足ですか? 何かに偏り過ぎた状況に仏教は昔より警鐘を鳴らした。

2572:別れ

喪主をつとめたのがKさんだった。彼は尚恵学園を利用始めてからもう30年になるだろうか。今では妹さんも利用するようになった。家族葬という形をとった。
 読経中ずっとKさんのすすり泣きの声が止まなかった。「父ちゃん 死んじゃった・・・・」彼が父の死をどこまで理解しているかは知らない。だが、ここ数年、家庭への休暇帰省が出来なくなってから、何らかの家での変化が起こっていたのは薄々判っていた節がある。
 そして今日の日を迎えた。
 私はこの仕事に就いてからもう41年が経つ。その間、いろんな事がありました。一般的には子が親の葬儀を出すのは普通である。だが、障害を持つ子の親達はそうではない。私は茨城県の手をつなぐ育成会に関わっている。殆どの親が我が子の将来に不安を持つ。その受け入れ先が入所型の施設だった。いまそれが微妙に変わってきた。入所型の施設を減らそうとする動き、私もその活動を先鋒にたって活躍されている素晴らしい人達を何人も知っている。その人達の願いがGHやCHという地域での生活形体を可能にしたと言えよう。
 でも、親子の別れは避けようがない。Kさんは今で言う障害程度が5になる重度の障害者だ。その彼が今日、位牌を持った。
 このような時は居ても立っても居られ無くなる。この仕事の重さ・・・・。
 いや、それではダメだ。もう一人の自分が諌める。
 仏教の教えで四苦八苦がある。求不得苦(ぐふとっく)である。求めても得る事が出来ない苦しみ。
 苦を宿命と読めば、それで判る。誰しもが持っている宿命だ。
  親との別れをKさん兄妹は、今日どう捉えただろう。

2573:さりとて

・・・・・そうだからといって・・云々。 誰しも思い当る節があろうが、社会生活を営むことの奇奇怪怪なこと、一体どうなってんの!と叫びたくなることも多かろう。
 さまざま手法を使い報道がなされることに慣れてしまった現代人は、何とも感ぜず聞き流してしまうことが実に多い。
 ”さりとて・・・”とかいう言葉は死語になってしまった感もする。
 メールなどの伝達手段は最早、世の常識とかし、手紙を書く習慣が減っている。だから見なさい、漢字が書けない読めないときた。
 どうです?皆さん国語辞典を開く事が減ったと思いません? 書棚の奥にしまってあるぐらいは、まだ良い方だ。
 将来を嘆く訳ではないが、何を根拠として生き甲斐や遣り甲斐を見つけるか。還暦を過ぎた小性などには、想像できない。
 さりとて・・・・。
 私が毎日付き合っている人達、それも重度の知的なハンデイを負った人達、彼らの伝達手段は前と全く変わらない。文字の認識は勿論、言葉さえ発し無い人達、でも立派に集団での生活を行っている。
 そうなってしまった原因は彼らに在るのではない。ここまで医学が進歩(?)したというのに、その原因を明確につきとめることができていない。
 これは永遠の答えの無い問いかけで片づけられて良いものか!
 福祉という言葉、最近、巷にあまり出無くなったと思っている。この理由は自分なりに考えてこうだ。福祉を換金する時代の宿命だと。
 サービスを金で買う時代、どうです?
 斯様に、日頃何気なく見過ごされてしまう事の中に何か人間として大切なものがあるように思えて仕様がない。
 

2574:忍なれば

午後から降りだした雨が雪に変わり、予報以上に長く雪が降った。通りの激しい道路には雪が積もらず、それ以外は徐々に積もってくるのが判る程の雪となる。
 上記スナップは今朝、携帯電話で撮ったもの。”忍なればこそ・・・・・”直ぐに浮かんだ言葉だった。
 私はなんと言う坊さんなのか? 庭の真ん中に立つ石像に様々な工夫(?)をこらし独り楽しんでいる。新年早々に野球帽から昔使ったオートバイのヘルメットに被せ替えしたところ、この雪となった。
 仏像を見ていて心癒される経験は多くの人が味わっている。その時、自らの人生の長さと仏像の年数との差に、一瞬の苦であって、いずれ過ぎ去るものという思いがたつ。
 身、口、意という三密を真言宗の開祖、弘法大師は唱えた。
 つまり、一体であって相互にその人を形どる。
 現実は如何に??? アベノミクスという言葉が一人歩きしているように感じる。昨日の株下落は一時1,000円を超えたという。終値で600円台の下落で収まったようだが、近年の株の乱高下は常識を逸している。
 ゲーム化しているというのだろうか、私が言う一人歩きが当にその事を意味している。
 外交で良い格好をしたいのは、常の如し。だが、彼は国の借金をどう考えているのだろう。野党とでだらしがない。気骨を感じない政治、以前として縄張り確保に奔走する官僚、本来であればそこに我々 民 が入って相互牽制が機能する。
 ”忍なれば・・・・” さて、皆さんは、それに続く言葉をどう書き添えますか。

2575:受容器

受容器・・・・外界からの刺激を受容する器官や細胞????? なんのこっちゃ???
 生理学的には従来の感覚器とほぼ同等と解する。しかし、その感覚がどうも変だ。様々な価値観を否定しようとは思わないが、節度というものは有るんじゃないのでしょうか。古くから、その調整機能として宗教や道徳というものが果たしてきた役割、日本のトップリーダーが堂々と表舞台で発する”自由経済”その”自由”がどうも際限なく拡がっていくような危うさを感じるのです。自由には自主・独立の意味があるという。
 経済での自主・独立というのは、ここまでグローバル化が進んでしまうと、単一国では有り得ない。当然、企業はルールにのって世界戦略をはかる。吸収合併・・・新たな法人の設立等々、何が何だか分からない。
 盛んに政府は昨今の収益の伸びを働く人達へのベースアップという形で示させたい。さりとて、将来がどうなるか不安を持つ経営陣は一歩を踏み出すことに慎重になっている。
 そんな折、昨日はドイツからY氏が土浦に来て久しぶりに話をした。以前にこのコーナーで紹介した『森鴎外自分史賞』の授賞式(北九州市)に出席するため。
 当人は67歳である。自分史に応募する人達は70歳〜80歳の人達が多いらしい。人生を振り返ってのドキュメントになるから至極当然だとは思う。
 近所の蕎麦屋さんで昼飯を一緒にしながら、「自分はこの歳で言うのは早いかもしれないが、、、やるだけの事はやったと思うようになった。これからは静かに小さな幸せを感じながら生きたい・・・・・」
 正直、この言葉を聞いて私はショックを受けた。私自身に対し「お前はどうなんだよ!」と言われたように思った。
 正月飾りを外し、もう2月、時間がドンドン過ぎて行く。その事をY氏を尋ねると時間が早く過ぎて行くとは思わないと。
 一体この差はどうして生まれるのか。
  そこで”受容器”なる言葉が浮かんだ。

2576:パンフェスタ

明日、地元土浦市観光協会の主催でパンフェスタがウララ広場にて開催されます。土浦と周辺のパン屋さんが大集合(14店)! 私共のパン工房『まんだら』にも声がかかり、出店することになりました。
 大雪があって、まだ至る所に雪が残っています。さて、どうなりますか?
でも、地域の様々な行事に参加することは実に意義深いものですね。そこで出逢った人達と友情の輪が広がるなんてことがいくらでも起こります。
 これからは、こんなイベントが増えるんじゃないでしょうか。
 地域の活性化といっても、実は大変です。失敗反省の連続、でも、良く考えてみると次回どうしようと智慧を出し合う。
 これこそが一番なんですよ。
 もしお時間がありましたらちょっと覗いてみませんか。
 11日11時〜16時、土浦駅前 ウララ広場。
 あああ。。。。46年ぶりの大雪だったとか? そうかなー。
 昨日、道路の雪かきをやりました。お陰様で 本日、腰の周りにシップだらけ。雪国の皆さん  本当に ご苦労様です。
・・・ソチオリンピック・・・・
 地球は丸い。時差があってLive中継で観ようとしたら大変だ。日本人の活躍はいかに? でも、国の代表で出てくるツワモノばかりだもの、此方が思い描いたようには結果が出ません。体全体を使って入賞の喜びを表す選手、かたや結果が出せず涙を浮かべている選手。ドラマを感じます。
 スポーツ競技はこれが魅力でもあるし、だからこそ進歩があるんでしょうよ。ソチという所に何だか知らないけど行ってみたいとは思いません。言葉が通じないし、私の感心をひくような事が浮かばない。
 2020年、東京での開催が決まった?都知事も舛添氏に変わった。
 6年後、日本はどんな”おもてなし”の心でお迎えするのでしょう。ing・・・・・!

2577:感動

ソチ五輪のLIVE放送を見ていて多くの人々が感動し、勇気を貰っていることか!中には思うような結果が出せず早々に帰国した選手もいるが、私は心底彼等に拍手を送りたい。だってそうでしょうよね。彼等は自らの結果に対し言い訳はしない。直向きに日頃打ち込んできたのに晴れの場で良い結果が出せなかっただけのこと。そしてリベンジを誓う。
 今回感じたのは、若者の台頭、世界を相手に堂々と戦い、涙を流し満面に喜びを示す。これはスポーツの世界だけでなく、早く戦争などの無い時代が来れば良いと思います。
 そんな事を考えながら久しぶりの休日を過ごしました。なんとまー自然は容赦がないこと。数日前に落ち葉を集め綺麗に燃やし掃除したばかりだった。それが関東地方を襲った記録的な大雪でまたもや杉の枯れ枝で一面覆われた。
 山梨県の甲府市では1メートルを超える積雪とか、記録を取り始めた120年で一番積雪量が多かった。
 これは日本だけでの現象ではない。アメリカでの豪雪、イギリスでの大雨、・・・・・・。地球が大きく変わってきた。自然の変化は生態系に様々な変化をもたらすはずだ。
 北京では環境汚染が人間が住む限界に達していると発表(?)、我々今を生きるものが将来に何を残すか?真剣に取り組まねばなりません。
 経済の発展とか言って遮二無二走しるどこかの国と違って、その辺の事を話題に出せない国は滅びると思うな。
 感動って本来そんなものでしょう。人口の数%の人々が裕福になり、それを自慢するような国に未来はありません。
 そんな事をいう坊さんよ。ならば、あんたはどうなのよ。
 基本はここです。各自がどう考え、具体的にどう実行するか!
 そこ そこなんですよ。私は見つめたい。勿論、感動を追い求めながら。決して諦めない。
 

2578:評価社会

言われ無き非難・醜聞・・・攻撃等 日々繰り返される世の中は、果たして言論の自由という現代人が追い求めた結果としてどう捉えれば良いのでありましょうや。
 テレビはソチ五輪の中継で何度も何度も同じ場面を見る事に。無事このイベントが終わったとして果たして何が残るのでしょう。そんな事を考えていました。
 さて、我が国は今どの方向に進んでいこうとしているのでしょうね。”豊かさ”という言葉に全てが包括され、その中身まで充分検証されたとは言えません。
 ”格差”という一方のロジックとて、曖昧模糊としていて、何を基準に分けるのかさえ判らない。
 私の現在の心境は、分岐点??? いや、違いますね。
 業界の機関誌に目をやった。新しい入所施設の機能とは?という特集。国は今後の制度を考える上で医療と介護・福祉を一体にした仕組みを考えているとか。
 地域移行を勧めるなかで、入所施設は時代の流れに取り残されたような時期を過ごした。これが偽らざる実体か!
 保育や介護を定員が無くて受けられない。待機者ゼロを掲げる自治体もあり、受け皿の整備に規制を緩め、短期に受け入れた。でも、国全体を見た時に、果たしてそれが共通するものなのか?
 小さな事業所だが、今年で58年目を迎える尚恵学園、正直、一時も休むこと無く今に至ったと思っている。そして、今後もそれが続くと覚悟する。
 ただ、私の関わった時と創設の時代は、国の補償の格差は比較にならない。今でいう支援費なる補助金は全くなかった時代に始めた。
 何がそうさせたのか?
 いまそれを次の世代にどう伝え残せば良いのか?
 これも私の重い責任だと思っています。

2579:一つの命

敢えてお許しを請うまでもなく、今日の出来事を紹介します。
 それは、強烈に私の記憶に今も残っている。昭和51年というから今から37年前の事でした。4人目のお子さんを産んだ時にお母さんは産婦人科病院で出血多量で亡くなったのです。その葬儀を私は父に代わってつとめたように記憶しています。父子家庭となり小学3年生を頭に4人の子供を育てるという父親の苦労は並大抵の事では無かった。結局、見るに見かねて児童相談所が中に入り4人の幼子を県内の3か所の施設に預けたのです。その中で2人の女の子を尚恵学園で引き受けることになったのです。それは私が就職し丁度3年目の出来事だった。
 あれから37年が経ちました。そして、父親が昨日、76歳で亡くなったのです。なんと言ってよいか判らない。父親もご自身50代の時に体調を崩し身体障害となり、身障の施設に入所するようになってしまいました。今思うとそこでの手厚い看護があって今まで長生きできたと私は思っています。
 今回は家族葬という形をとった。尚恵学園のGHを利用する長女が喪主となった。墓地が私の住職している寺にある。
 長女と次女でお金を出し合い、母親の眠るお墓を作ったのが丁度1年前だった。
 4人の兄弟が今日斎場で久しぶりに会えた。末の男の子の年齢を私が尋ねると彼は37歳になったと答えた。
 このような例は珍しい。でも実際にあったことでした。
 
 人間が死をむかえる時、そこには様々な人間模様がある。他人に言えない事、もっと長生きしてやりたかった事、。。。。
葬儀を少人数で済ませてしまう場合もあるし、その逆に大勢の人の見送りがある場合だってあります。
 皆さん!実に傷ましい事件が最近多い様に思えませんか。幼い我が子を親が危めたとか、交際していた相手を殺し自分も死を選ぶとか・・・・。ストーカーとかネグレクトという横文字が巷に溢れています。
 この種のニュースを数えあげれば枚挙に遑ない。
   今、夕方5時過ぎ、丁度今頃、収骨が済んで父親のお骨はお寺に戻ってきた頃だと思う。

2580:インフルエンザ

尚恵学園の中で一つの事業所が今インフルエンザと格闘しています。私が施設長をしているのですが、最近はその職務を充分果たしているとは自他共に認められません。10人超えると保健所に届け出をすることになっており、本日行いました。
 今は検査キットなるものがあって自分達で感染しているか否かを調べることができます。どうしても24時間の集団生活をしている処ですから感染症が入いると堪ったもんじゃありません。ここ数年はここまで広がったことは無かったのですが、今回は暫く看護体制を組み特別日課をたてました。
 いつも私は考えてしまいます。体調を崩した時だけでも自宅に帰って静かに過ごせないものか!居住型(入所)事業所の宿命とでもいうのでしょうか、それができない。家族に連絡しても家に連れて帰る事を申し出される方は殆どいません。
 それが通所型(コスモス)であれば、間違いなく自宅静養で事業の利用は回復してからと決まっている。
 国は障害者福祉の見直しの中で、”地域社会で障害者が共生できる仕組み・・・云々”とか言って、敢えて難しく判り難く表現します。なんてことはない。要するに、この人の今の状態で何が良いかという事ですよ。それをどう実現するか。
 昨年(25年度)から始った障害者総合支援法、この中に病気の場合はどうするかなんて全く触れられていませんよ。
 これは今の日本社会を見事に表わしています。美辞麗句を並べ、自己満足している。
 ところでソチでのオリンピックが無事閉幕したと思ったら、待っていたかの如く、ロシアの隣国ウクライナが大変な事になっています。
 有史以来続けられてきた紛争は今後も続くのでしょうか。
 オリンピックの精神に全く相反する状況になって一般市民の不安は大変だと思います。
 園内のインフルエンザ対応の話からとんでも無い方向に話が進むような気がします。
 いま あるがままに満足し感謝する生き方は永遠の課題なのかもしれません。
  何かの事情で歩けなくなって始めて自分の足で自由に歩けることの素晴らしさに気付く、多分これしか言いようが無いのではないでしょうか。(足るを知る????)

2581:春雷(しゅんらい)

春雷・・・読んで字の如く、春に鳴る雷。近年の気象の変動は、世界的な現象となっている。気象庁始って以来の大雪や大雨で大変な被害を受けた地域の皆さんは、その復旧も終わらぬ中にまた悪天候に心穏やかではない。
 この時期は、雨が雪交じりだったり、1日の中での急激な気温の変動など珍しくはない。都会生活に慣れてしまった人にはその変化を感じることは少ないかもしれない。便利な世の中になり、近場の移動にも車を利用する。昔、湾岸戦争が起こった時、ガソリンの高騰で車の利用が減った時期もあったような記憶があるが、実は当時と比べてもガソリンの値段は下がらなくなった。それでも人間は一度便利さを味わってしまうと、それを止めようとしない。
 私自身に毎日少しでも歩こうというノルマを課し、既に半年が過ぎた。余程の事がなければ歩くように今もしている。時間で40分程度だから3キロ位だろう。私の住む神立地区は周囲に畑や田んぼが残っているから、田んぼの畦を通り抜け、あまり人に遭わないですむコースを自分で考えて歩く。田起こしが始り、いよいよ田植えの準備が始まった。
 立ち止まって田んぼを除いてみると小さな虫が動いている。
 現実の自分の生活は、決して誉められたものではない。何かに追い立てられ余裕の無い生活、これって実は私だけのものじゃないんじゃないか皆さんが同意するかな。
 情報の氾濫、それと人間が考え出した利便性、自分の手をなるべく使わず手に入れる。これを可能にさせる仕組み、お金が介在し、何でも金さえあれば出来ると錯覚。そして、最近問題になった貨幣に代わる仮想通貨?????。こんなものが出来て破綻したから、さあ大変。
 雷は夏に多い気象現象故に夏の季語である。それが微妙に変化し、春雷となった。
 我々が生きていくことは、一瞬なりとも同じでは無い。変化し続ける中で、どうにか生きているというのが実体。
 原発の再稼働の問題も、正直、日本では国家的問題として盛り上がりを見せているかと言えばそうではない。
何か他人事で恩恵だけを受ければ良いと考える人が増えたのか?
 結局、自然との共存なくして将来は無いのは判っていても!
そんな事を考えながら歩いているから田んぼに落ちないよう気をつけないと。

2582:3月10日、11日

明日は東日本大震災が起こって丁度3年目に当たります。震度6強という大地震、東北3県を襲った津波、それと同時に発生した福島原発事故、あれから3年が経とうとしている。1万5千人の死亡と未だ2600人を超す行方不明者、現在も避難されている人達の数が26万7千人。茨城県も津波の被害があって行方不明者がいる。1000年に1度という大災害だったという。しかし、それとて確証はない。一度経験してしまった災難をそう簡単に忘れる事はできない、あれから体調を崩された方も多いと聞く。
 今日テレビで参議院予算委員会の中継をみていて、復興支援の進み具合がどうなっているか各党から様々な質問が出ていた。国の概算で復興費用は総額で20兆円を超える膨大な金額だという。
 3年が経ち、果たして住み慣れた場所に戻って生活をしたいと願う人達がどれ程いるのか、最近の調査で国が用意している集団移転先に戻る人達が予定より少ないと聞いた。様々な理由があってのことだろうが、仕事が無い、放射能への不安・先が見通せない等々・・・・。
 実は明日、茨城県では、県全体での防災対策会議が県庁である。私も障害施設の団体から出席する。
 本日の国会で某議員から各地で作成されている避難計画は机上プランで実際に利用できないものばかりだという指摘があった。当にそうなのだ。例えば茨城県の場合は東海原発があるが、その原発から30キロ圏内に住む人口が全原発中で一番多く約93万人が避難対象になるという。
 今に至るまで我々も県と協議を重ね、30キロ圏内にある施設利用者の受け入れ先を調査した。それが実効性のあるものかどうか?正直自信が無い。
 東日本を襲った未曽有の大災害、時間が経つにつれて日本人の記憶から徐々に薄れてくることを一番恐れる。 
 11日です。
 いつものように朝、本堂で経を読んだ。午後2時46分、あの時自分は何をしていたかハッキリと記憶していない。施設にいたことは確かで全員を園庭に避難させた。建物が壊れたりしなかったが、棚やロッカーは横倒し、無我夢中だった。
 人間の記憶は時間と共に”風化”する。昨日からテレビの映像で何度も流される3年前の出来事。
 現状と課題・・・と様々な話が溢れている。
福島原発は廃炉することに決定した。これから先完全に終息するまでどれ位年数がかかるのか?今でも汚染水の漏れが完全に止まらない。汚染水を保管する膨大な量のタンクを見れば誰しもが疑問を持つ。
 「福島を植民地化するのか」という今朝の新聞記事を読んだ。
 実は常磐線がまだ全線つながっていない。常磐高速道もしかり。私の住む土浦はその沿線上にある。
 でも、悲しみ憂いてばかりもいられまい。春の芽吹きのごとく、小さな芽が顔を出し始めているのも事実だ。
 全国から届いた支援物資や励ましの言葉、被災地の人達にとってそれがどれ程有り難い力となっただろう。
 今朝のNHKラジオ深夜便、菅原文太氏が出演していた。彼は東北出身で震災後各地で支援活動を行っている。彼主演のトラック野郎の主題歌が「一番星ブルース」、東北の皆さんが星を眺め笑顔を見せてくれる日が早く来れば良いと思っています。

2583:新築工事

新棟パース
成人寮の老朽改築工事の進捗状況
 図面が完成(神奈川:日比野設計事務所)し、公募により入札実施、第1回目は予定価格との差が大きく不調となりました。ご多分に洩れず、此処に来て工事費の高騰や人手不足等々、いま工事をするには条件が悪過ぎます。しかし、今回を逃してしまえば今度はいつになるか分からず、尚恵学園としては、どうしても新築したいと思っています。2回目の入札が17日、ここで双方で歩み寄る事ができれば契約し工事を進めることにします。
 何せ我々としては、創立来の現在地から少し離れた場所に移設することになるわけで、準備段階から検討を何度も重ねて今日に至りました。全室個室でユニット型、木造平屋建。建設場所は県立湖北高校の隣、絶好の場所です。この土地は観音寺所有の畑で借地することになります。
 久しぶりの大きな工事ですから、緊張もありますが、新たなスタートを切るという燃えるものを感じるのです。
昭和31年当時、古材を買い集めて自分達で作った寮、各寮にはスタッフが住み込み、今で言う小舎制の理想の姿が当時有ったのです。あれから57年、半生期を経過、その間、様々な変化があり、その都度、汗をかき智慧を出し合いながら今に至ったのです。
 私は昔を振り返ると自然と涙が浮かんできます。あの時はこうだったああだった。正直、辞めたくなったことは数え切れずありました。
 なりふり構わず、しがみ付いて今までやってこれたのも、スタッフや地域の多くの皆さんのご支援があったればこそと思っています。
 そして、今は利用される人達にとって本当に望む場所となりうるか????
 この最大かつ永遠のテーマを忘れることなく、これからやっていく人達が尚恵学園の基本”共生”の実現に向け頑張ってくれるものと信じています。
 業者が決まり、早くGO・・・・・・・。夢に毎日そんなことが出てきます。

2584:視力と読書

『指導者とは』リチャード・ニクソン。・・・・「私が知った偉大な指導者は、すべて心の底の底では非常に感情的な人だったが、それは彼らが実に人間的だったことの何よりの証拠だろう」「指導者にとって、部下をクビにすることは最も困難だが最も大切な仕事なのである」「安全過多の状態下では、人々は怠惰になり、組織の機能は低下する」(p440)
 今、読み始めている文庫本で赤線をひいた一部、そして、今朝のラジオ番組を聞き早速『正義の偽装』佐伯啓思著をアマゾンに注文した。それも特急便で。
 世の中に情報が氾濫している。それはスマホやパソコンからの情報で容易にそれも安価に手に入る。視力の減退を痛感しながら活字を追う気力が減った私には好都合だが心に残らない。
 私はアベノミクスとか言って自画自賛し浮足立っている今の政治を信じない。あの人達は自らの言葉で、果たして何を基準として自説を語るのか?
 その一例を記せば福祉という言葉が今日ほど軽くなった時代を私は知らない。
 ニクソンが語る人間的という意味をどう理解するか?多分、上辺だけでいざ自らに問いかけた時、唖然とするのが精々だ。経済の発展というマヤカシに踊らされいい気になっている場合ではないはずだ。いまここに来ても金を世界中にばらまき得意になっている。彼らは総じて身銭を切るわけでない。債務の責任を取る訳でも無い。そこだよね。
 ヨーロッパと日本の大きな違いは何か?そんな話が今朝のラジオ深夜便。ヨーロッパ人には”神”があるという。日本にはそれがない。
 ダメなモノはダメと白黒ハッキリさせる民族と萬の神とかいって草木やモノにまで神仏を見出す日本人、その曖昧さは≪森の思想≫で説明可能か。それでも先の大戦から70年不戦を続ける日本。
 いま政治家の大半が戦争を知らない世代となっている。その彼らが法の改正を目論んでいる。社会大衆に是非を問う訳でも無く、自らの閻魔帳に走しり書き。
世界に目を向ければウクライナとロシアの動き、これには民族と歴史の絡みを無視できない。それも自国でオリンピックの開催中ではないか。しかし、果たして日本人にその是非を語る資格が有るのか。
 否、それを語り合うことすら無いという現状だ。私は強い危機感を持ってしまう。
 視力と読書・・・・・。このテーマで書き始めた。それがどう言う訳かご覧の通り。
身の程を知れということかもしれない。・・・・・明日18日は彼岸の入りである。

2585:彼岸入り

春彼岸の入りです。
 生死の海を渡り到達するという終局・理想・悟りの世界=涅槃。そこに至る(到彼岸)ための道として六波羅密を行ずる。
これがなんと実に難しい。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六つ。
 お墓参りに来る方が急に増える。世間では旧来からの宗教儀式を敬遠する傾向が増えたという。東京方面から聞こえてくる噂では通夜を行わず、身内だけでの葬儀、一般に言われる家族葬が急増しているという。
 これは我々僧侶の責任も大きいと思う。だが、内面的には人々の心は昔とあまり変わっていないと私は思うのです。亡き親への感謝の気持ち、それと後を託す次の世代へ、平穏に過ごして欲しいという願い等々。
 これはどのような世の中になっても日本人の多くが持ち続ける波羅密だと思うのです。
 春彼岸・・・静かな彼岸ですね・・・・・という挨拶が交わされることがその真意を語っている。
 
 
 仏教は布施を3つあげる。財施・法施・無畏施(むいせ)。
 この中で無畏施についてはちょっと聞きなれないのではないでしょうか。要は一切の衆生に畏怖の念が無き様にさせること。畏怖(いふ)っておそれ慄くことの意。しかし、どうですか皆さん。年齢に関係なく、生きる事って当にこの念の繰り返しだって思いませんか?
 その逆は”安心”かな。安心決定とか言って、ひたすら信じて疑わず、不動の心だと言う。
 ここなんですね。”何を”信じるかという問題。多くの宗教の眼目がここにある。
 小休止!
 遮二無二追い求める経済最優先の政策の落とし穴。その”何を”が不確実ときた。
 春と秋の彼岸、これって多分、何を(彼岸)を考える機会にする為に設けられたように思うのです。
 癒しの空間
 浜松町駅から歩いて10分足らず、真っ直ぐに伸びた大通りが増上寺の山門に向け通じている。境内に沿う国道1号線は正月の大学駅伝ではお馴染で、一区の走者が集団で走りぬける幹線道路。
 東京タワーを背に実に見事な癒しの空間となっています。
 私は日本福祉協会の事務所に用がある時は必ず増上寺の本堂にお参りします。
 昨日は近くのホテルが会議の場、昼休みの時間立ち寄った。外陣に60席ほどのイスが常設されていて、誰もが自由に座ることができる。一人のご老人が最前列に座って数珠をすりながら経を唱えている。声は出さず、一心に。
 正面の阿弥陀仏に向かって祈りを捧げる。大都会の喧騒の中、斯様な場所があるということは、多くの人達にとって有り難いことなのです。
 私は30分ほどイスに座って会議場のホテルに向かった。

2586:彼岸明け

彼岸明けです。この1週間はお寺にとっては何かと忙しい。住職はどうかと言えば、私の場合、素直に「そうだ」とは認めることはできない。
 良いか悪いか知りませんが、毎日何かが起こっていて、その対応に追われております。自分が手を出さなくても気になるし、・・・・・・・。
 まーこれでやっていくしかないと自分では覚悟しているのです。
 でも、他に判るような振舞は極力避けねばと考えますから、チョイと工夫がいります。動物のナマケモノみたいにできれば、こりゃー本物でしょうが、ダメだわな。
 昨日は施設の役員会がありました。建物整備で請負業者の審議、これがまさしくギリギリ、何せ25年度の事業でして、あと1週間しか残っておりません。26年度の事業計画予算もあって、また,忙しくなるわな!
 綱渡りと言うんでしょうか、世の中、此方が思っているように物事は進まない。最近はこれが極端ですね。時間が経てば収まる処で収まるのでしょうか?工事費の高止まり、一端上がってしまうとなかなか下がらない。
 私の所では毎年一回は食事会を合わせての役員会を行っています。昨日は市内のホテルで会議終了後行ったのですが、実に雰囲気が良かった。お世辞抜きです。4つのテーブルに分かれて行ったのですが、正直1時間で終われば良いとおもっていました。それがなんと2時間半、予定のオーバー、そして各テーブル話題が豊富で凄い盛り上がり。
 そうそう本日は彼岸明けです。

2587:業者決定

尚恵成人寮の新築工事の請負業者が決定しました。水戸市の田村工務店です。
 東日本大震災後、建築費の高騰や人手不足など決して発注側に有利に進まないという覚悟でいました。案の定、第1回目の入札(郵便入札)は公募で、予定価格との開きが大きく不調となりました。その後、再度入札を実施、設計の変更等を行いお陰様で予定価格での業者決定ができました。
早速、理事会評議員会を開催し、承認を取って、24日請負契約締結となりました。私はこの仕事を長年やってきて何度となく工事を行ってきました。しかし、今回ほど先が読めなかった事はありません。
 法人の基本には、知的障害の方々への支援事業に特化せよ!という設立当初からの方針があります。保育、介護と多業種に事業を拡大する法人が多い中で何故そこに拘るのか。
 一つのことができず何ができるかというのが創設者の考えです。 私もこれだと思っています。必要ならば他の法人と連携してやっていけば良いこと、自前で抱え込む事は中途半端になるという先人の教えです。さも有りなん。
 さてと、今回の建物は、全室個室で6ユニット、木造平屋。高齢者への対応も出来るように計画したものです。
 事業を継続していく過程で次なる準備も必要、コツコツと貯めてきた自己資金を一気に吐き出す。これでお終いとは参りません。正直これには頭が痛い。
 いま思う事があります。それは日本の障害者福祉が今後どうなっていくのか?という問題。全国の仲間も全く同じ不安(?)をもっているのは確かです。現実には先が読めないから努力するということも有るんでしょうね。
 又ここまで世界がグローバル化が進むと一国だけの問題では無くなっています。時代により多少の変更は有りますが実は有史来続いている事なんですね。
 働くという事・・・・仏教で言う四苦八苦の四苦(生老病死)の当に言わんとする要点、人間誰しも働く(労働)ことを抜きにして一生を語れない。
永続性があって夢があって、遣り甲斐を感じる職業・・・・。今昔を問わず、これしか無いと思っています。
 自他を問わず、結局は究極のマネージメントとでも言いましょうか。
私の思いの中に長いこと重い障害を持つ人との関わりがあって、彼らの”働く”という意味がちょっと皆さんとは違うかも
   知れません。声掛けして笑顔で返してくれたBさん、これだって立派な仕事と思いますよ。
 

2588: ....ing

一瞬たりとも立ち止まることをしないと言えば嘘になる?
 心臓が鼓動し自らの意思に無関係に息をする。生かされていると感じ、それへの細やかな報恩の意志。世間で繰り返される想像の域を超えた出来事に一喜一憂、自らの立つ位置を見失いそうになり、過去を振り返り、納得できる状況にどうにか心を収め、一時の安心を得る。
 私は実に狭い領域で生きてきた。田舎の寺に生まれ、兄が不慮の事故で9歳で亡くなった為に今の自分がある。今で言えば小学3年生、もし、その兄が今も健在で生きていたら、多分私はこの世に生まれてこなかった。これが私の原点、今年私は64歳になる。これからどれ程生きられるかわからないが、確実にあの世が近づいている。
・・・・・ing 現在進行中。
 昨日、ある方の葬儀があった。晩年は闘病の10年間だったと奥さんが語る。そのご本人は、お盆や彼岸に良く寺にお参りに来てくれた。地元の建築会社に勤め、定年後は特に何も仕事をしていなかった。4人の男の子供さんがいてそれぞれに自分の生活をしているそうだ。
 言って見れば、彼の一生は一般的に言われる普通の人生になるのだろう。でも、人間の一生に優劣は無い。いかに事業に成功し、膨大な資産を築いた人であっても精々80年余の人生じゃないか。
 振り返れば80年なんか一瞬の時間だと思う。・・・・・ing いかなる状況に遭遇しても迷うことなく慌てず身の振り方ができれば最高だ。
 季節は確実に春に向かっている。桜の開花が列島を北上、未だ震災の復旧が進まぬ東北地方に直に到達するだろう。
 寺の庭には草が大分出始めた。Nさんと二人で掃除するには広すぎる。
 一瞬何も考えず草取りしている自分を感じるのが至福の時。私は35番目の住職になる。
 ・・・・・尚恵学園を利用されている人達がグループで散歩、寺のわき道を声を掛け合い、列をくんで歩いて行く。彼等を横目で眺めながら・・・・ingの重さを緊と感じる今日この頃である・・・・・・・

2589:年度狭間

3月末のこの時期は、いずれの事業所にとっても忙しい。決算と予算、事業の報告と計画と決まった話を聞いている。連日どこかの役員会に顔を出しているのも尋常でない。これが5月上旬まで続くのだから、一体俺は何をやっているのかと思ってしまう。徐々に減らさないとと思ってはいるが一向に減らない。
 近頃の特徴で人材募集は年度に無関係に通年で実施している所が大半だ。それでもまだ公的役所は別ときた、それだけ安定した職場なのかも知れぬ。一方、事業所は総じてそれぞれの違った問題(?)を抱えている。事業規模の大小に関わらずその対応にいずこも御苦労されている。
 少子高齢化と巷で騒ぎ立てるが、そんな事は言われ無くても判ってる。働く人がいなければ事業を休止するか最悪の場合は廃止という決断を下すだけ。私の知っている幾つかの事業所で実際行われた。
 事業の統合とか委託も実は中身は同じで体裁に配慮した結果そうなっただけのこと。医療・介護・教育・福祉・・・・・日本には膨大な数の事業所が存在する。社員数千人から総数で10人以内と規模の違いは凄まじく、それでどうにか需要に応じているのが実態だ。
 暫く、この状態が続くのかと思うのだが、将来良くなるという保証は全く無い。地域格差だって広がる一方で今後の事業の継続は確実に今より難しくなるはずだ。
 理事長とか園長をやりたいと考える人の数が減っている。そりゃーそうだろう!苦情処理・人材確保・建物整備・地域対策・・・・等々挙げれば切りが無い。夜中に目を覚まし、そのまま朝までの類は捨てる程いるに違いない。
 いま労働組合も様変わりとか昨日の会議で伺った。事業所にたった一人で組合を作ることもあるそうで外部より仲間を呼んできて条件闘争。
 会議終了後、そこの理事長と立ち話、彼は現在700名を超える職員を抱える法人にした立志伝中の人、
「 住田さん・・・経営者の組合を作らねーか」と冗談とも本音ともとれることで苦笑い。
「お互い頑張りましょう」といって分かれたが後味は極めて悪かった。
 最後は・・・・・そうそう 神仏の加護に縋るしかないでしょう? そうでしょうよね ね  ね。
 

2590:一念発起

やるっきゃーないな! 本日より平成26年度がスタート、気分一新し、いざ出陣・・・・・
 斯様な心境でございます。昨夜はいつに無くハイテンション、眼が冴えて眠れず。いま、朝の6時を過ぎた時間だが、眠気など全く無い。今日は年度初めということで恒例の新たに迎える職員への辞令の伝達、今年は7名を迎えた。その後、新人さんに尚恵学園の歴史を1時間ほど私が話すことになっている。
 昭和31年(1956年)に知的に障害のある子供達への私立学校として知事の認可を取得、当時、全国でも珍しく、正直私は6歳だったから良く判らない。22年が経ち、1978年の重度棟竣工式に配った初代理事長の基本理念にその思いを充分に伺い知ることができるのは幸いだ。58年の歴史は、言葉で言い尽せない。今日ほど様々な仕組みが入り乱れ、到る処で障害者へのサービスをうたう事業所が存在する。
 利用する側からすれば、改善され良かったと思うかもしれぬ。されど実態はいかに?
 斯様な疑いの気持ちを持っている自分が実に情けない。良く言われる物心両面備わって初めて良きサービスが提供できるんだよな。
 何故か、ここでストップしてしまうのだ。自らを戒め、現状に甘んじることなく、叱咤激を飛ばしても、その反応に心動かない。
 
 どうしてこうなっちゃうの?志半ばにして、職場を辞したスタッフを思うと内心は複雑だ。職員の数は昭和45年(社会福祉法人認可取得)当時は定員19名のところ29名、現在は120名(パート含む)近くなっていて4倍になった人数は単純に比較できない。創立時の割合でいけばあと30名は少なくても増やさないとならない。初代は元から採算など無頓着だったことを物語る。
 いま思えばお世辞にも立派な設備とは言えず、それでも多くの人が喜んでくれたのは確かである。
 その理由はいくつかある。最大のものは、当時はスタッフが寝食を共にしてくれた。その中に私と同じ歳でお母さんが厨房の仕事で勤めてくれた為に一緒に住んでくれたYちゃんがいる。お姉さんと二人姉妹だった。そのYちゃんは昨年、病気で亡くなった。多分63歳だったはずである。
 彼女は優秀で頑張り屋、・・・・。その彼女の写真が地元新聞が取り上げた『ここに光あり』という記事に写っている(1960年)。
 驕るな! 今に至るまでに数え切れぬ人達の支えがあって今がある。そう考えると、今更”一念発起”などと叫ぶのは、ちゃんちゃら可笑しい。ここに私の甘さがある。