源究52

 

No テーマ 月日 No テーマ 月日 No テーマ 月日
601 命の重み 6/10 606 右往左往 6/16 611 マスコミ 6/24
602 cooperation 6/11 607 職業病 6/18 612 面従腹背 6/27
603 綺麗になったね 6/12 608 努力目標 6/20 613 格闘技 6/29
604 施設病 6/13 609 忙中閑あり 6/21 614 疑心暗鬼 7/1
605 クレーム対応 6/14 610 釣り鐘クッキー 6/23 615 世代交代 7/2

601:命の重み

夜のヲーキングを終え、PCに向かった。直ぐに電話のベルがなる。声で直ぐに分かった。尚恵学園の創立時期のスタッフ Iさんからの電話だった。いつものようにアルコールが入っている。40年も前の話、私を「ふくちゃん」と呼ぶ数少ない仲間の1人。それは今でも変わらない。昔を懐かしんで電話を掛けてきてくれた。今回は心臓の病気をした後とのことでいつもとは話の内容が違った。
 今度、OB会を企画することを約束したら大変喜んでくれた。
 昭和31年はもう半世紀前の話。その当時本当に恥ずかしいような給料で昼夜を問わず利用者達と過ごした先輩。遠くからいつも見守っていてくれ、ありがたい。  コムスンのCEOの折口という人は社内では将軍様という異名があるという。独裁者か。 偉い違いだ。命の重みを影で支える仕事に彼流の手法は馴染まない。先日の記者会見で示した涙はなんだったのか。彼流のパフォーマンスとしか誰もとれない。同業種にこのような人が君臨しているかと思うと本当に情けなくなる。
 コムスンは九州で始まった事業、それを90年代にグッドウィルが子会社にしたのである。株を買い占めた結果である。当時で15万株という。時価相場いくらだったのか?
 コムスン問題がどのような展開になるのか強い関心がある。万が一、彼の関連企業がそのまま事業を引き継ぐようなことを国が許すので有れば、本当に国民を愚弄しているとしか言えない。 
 ここだけの話、某国会議員の先生の講演会が有るという通知が届いた。私は行かない。彼は厚生大臣を2回行ったことで誰もが知っている。昨日のテレビ番組に野党の元厚生大臣経験者のKさんと一緒に出演。
 その時の答弁を聞く限り責任を感じているとは思えない。データーを見せないから知らなかったとまで言い切った。社保庁の在り方にも問題ありだが、その役所の最高責任者は厚生大臣だ。どのような理屈を並べても誰も納得はできない。その事を彼ほどの人間が理解していない。呆れて物が言えない。政治は数が物をいう。確かに選挙地盤に競争相手がいなければ地元への感心や危機感が薄れる。そのことを中央に入り浸りの先生に地元秘書が進言すべきなところ、秘書の動きが見えてこない。これが実態だ。
 私はこの国の在り方を真剣に国民1人1人が考えなければならない時に来ていると思っている。そのような議員を国政に送っている我々選挙民の責任だ。
 団体の代表をしていると、いろいろなお誘いがかかる。なんと言われても構わない。自分の判断で是非を決めることにした。だから今回は欠席の通知を直ぐに出した。
 北欧の福祉制度は日本と比較にならない。介護職の職員の給料が高いという。日本円で年収が800万ぐらい。私はこの仕事について35年、まだそのレベルには達していない。しかし、スウエーデンでは半分は税金で持っていかれ、消費税は25%ととか、物価は高く、生活はそれだけ給料が良くても決して楽ではない。社会保障は日本と雲泥の差。どっちを選択するか?税金の取り合いはこれからの時代パイが小さくて誰も満足できないことは明らか。
 国政選挙ではっきりと政党間の政策の違いを示せばと思うのだが、お互いが不祥事をつつき合う泥試合。政策を見ればどの政党もあまり変わりがない。最近読んだ「参議院はいらない!」という単行本は元議員3人が意見をのべた。彼らが言っている議員の定数は今の半分で充分だと。恐ろしいことに日本全体で議員という肩書きを持つ税金生活者がなんと6万人いるというのだ。その経費は如何に?????
 命の重みは、医療や年金それに福祉、全てに関わること。政策論をやるべき国会の場が、常にお互いの弱点を穿る類の論議に終始する。
 次期の参議院の選挙は一つの試金石。どっちに転んでも最後は自分達に関わってくることを誰もが認識すること。これが先決だと思っている。
 

602:cooperation

協力という字は、「cooperation」という英語が使われる。work in cooperation with○○などの表現。
更に、同義語としては、「partnership」や「help」や「collaboration」がある。
一方、競争という言葉が市場原理という時代の流行語によって広まった。ヒルズ族という新語などは、当に競争社会の勝ち組の象徴として生まれた。競争という言葉は「race」や「war」という言葉、言葉自体にかなり危険性を孕んでいる。価格競争は[ price war]であるし軍備競争は[arms race]という。
 何が言いたいかといえば、福祉業界に国は多様な事業主体の参入を認めた。サービスの競争によって質のレベルアップを期待したのだろう。しかし、今回のコムスンの問題で分かった事は、どこで歯止めを効かせるかという仕組みが出来ていなかった事。このような事態を国が想定していなかったのだろう、それとも、福祉を志す人に悪人はいないという決めつけがあったのではないか!折口を知る元幹部スタッフが言っていた。「彼は自分の言っていることに陶酔していく性分だ」と当に自分でルールを作り上げていくタイプ。この決めつけ型の人間は多様な人間へのサービス業種には向かない。同じ目的を共有するデスコなどは良いかも知れない。しかし、かれはジュリアーノ東京も途中で他人に譲り渡した。
 人間が人間に奉仕することには、ある一定のルールがあるべきだ。それが希薄になっている時代に、自由競争の原理を取り入れたものだから、法律が未整備、系列会社に丸投げするというコムスンの方針に慌てた厚労省、結果的に世間の不満に対応せざるを得なかった。この一連のドタバタ騒ぎを、福祉を支えてきた先人がどう感じるか?
 業界の代表者を審議会や勉強会に呼んで、国は様々な問題に対応しようと躍起になっている。果たして、皆が望むようなものが出来上がるだろうか。
 私なりに今思うことがある。白籏史朗という山岳写真家の話がNHKこころの時代で2日間にわたり放送された。担当デレクターは私の先輩の佐野さんだった。早速私は彼にメールを送った。
 「妥協ではなく融合」でなければならない・・・・云々。この言葉に感じるところがあって、直ぐにメモをし、その事を伝えたかったのだ。
「妥協」にはその場しのぎの手段・・・half measuresという言葉がある。仏教の「中道」とは全く意味を異にする。
また、「融合」にはgrow togetherという言葉があって、一つになるという意味だ。この事は白籏さんが特に番組の中で強調されていた。
 写真にその人の想いを撮すこと、まねごとで写真を撮り、ゴミをなんの躊躇いもなく散らかす自称山岳写真家への警鐘。世界的に問題となっている環境破壊、これなど悠長に自然との妥協などといっていられない。すぐさま方向転換をしなければ、我々の孫子の時代に負の遺産を残すことになる。
 介護サービスにおける目を疑いたくなる実態は,甚だ迷惑である。同じ事業種として被害が甚大である。何も知らない人々には地道に努力している人達も沢山いるのに、その努力すら否定することになるからだ。
 今回の決着点は、折口という人間がグッドウイルという会社から去ることだと思っている。もしも、本人がその意志がなかったとしても、会社そのものが社会的責任をとって廃業すること。
 ・・・・株価は連日、下げ止まり、30億と言われる彼の軽井沢の別荘は何を象徴しているのか!社会の良識が問われる。

603:綺麗になったね

最近、Hさんが綺麗になったと思う。それから、彼女のほうから私に挨拶してくるようになった。
 彼女は、耳が全く聞こえない。聾学校を卒業と同時に私どもを利用するようになった。もう10年になる。彼女は自分のことはできる。それで学園の厨房のお手伝いをお願いしてきた。今年の4月、厨房を外部委託したことで、彼女の処遇が問題になった。取りあえず、寮の勤務をしてもらおうということになった。彼女は体は頑強で病気で仕事を休むことは殆どない。
 しかし、どうも私とはしっくりしていなかった。私が手話ができないという理由だけではない。彼女が私を避けていたように思う。何か不満があるんだ!彼女は厨房の仕事、特に食器洗いに関しては丁寧で確実という評判、もったいないから仕事をさがしてやって欲しいという強い希望をスタッフから聞いていた。
 そして、今月になって外注の委託先から彼女をスタッフとして採用したいという申し出があった。
 社会保険にも加入し、パートであるが就労条件は良かった。見事、就職、毎朝彼女は弾むようにしてGHから職場の厨房に通い始めている。
 そして、変化が起こった。彼女から私に声をかけてくるようになったのだ。朝夕の通勤に彼女は私の寺の脇を歩いて通る。その時に彼女は手話と声を出して私に寄ってくるようになった。そして、うっすらとお化粧し、とても綺麗になった。

 昨日、水戸で互助会の役員会があった。今度、保険会社にお願いしてリスク対応の研修を行うことにした。
 リスクにはいろいろある。それに対する万全なマネージメントがあるのだろうか?多分、保険会社にすれば、予期せぬ出来事に保険を加入しておくことを強調したいのだろう。それも一つの対策だ。私の所では3本ぐらい加入済み。
 だが、一概にそうとも言えない。それは、上記のHさんの事が一つの例である。
 就労すると言うことは、金銭が絡む。そこには当然仕事上のルールがある。契約内容の不履行や仕事上でのミス、これもリスクであろう。障害者の場合誰がその責任を負うのか!もし、リスクを避けるために、彼女を抱え込み、安全第一とばかりに園内の仕事だけを任せておいたらどうか。
 多分、私など挨拶もしてもらえない。更には夢にまで登場し諸悪の根元は私だということになって、呪われる。
 福祉の業界には、実はこれに類した事柄が随分おおい。先人が何も無いところから始めた事業が、世の中が平和になり繁栄したことで、福祉が事業として認められてきた。昔は利用者や家族それに事業者は運命共同体という繋がりがあった。しかし、今はない。
 むしろ、何か事件でも起これば訴えて、何か賠償請求をしてやれという利用者が増えている。
 この世相に我々事業所はリスクマネージメントという対抗策を準備した。この壁はバリアーフリーを一方で叫びながらドンドン高くなるという自己矛盾。イスラエルがパレスチナ人と居住区域を遮断した今風のベルリンの壁は高さなんと8メートルで総延長何百キロに及ぶ。所詮、人間の知恵がなせる業。
 双方納得の元で「知足」の線をどこに引くか?これが実はマネージメントの真髄かもしれない。

604:施設病

今、自分としては大きなショックを受けています。普段の自分の言動にミスマッチがあるからです。最近の私へのメールに園の現状への疑問が書かれていたのです。園庭で小石を食べていた人がいたり、鼻を流している利用者さんの鼻をふいてあげないスタッフ、自動販売機で100円玉を持たされてジュースを買う、その時の出来事などなど。
 これらの出来事をなんの疑問を持たないスタッフへの不信、「施設病」という括り中で他人事のように処理されてしまうこと。
 一体私は何をやっているんだという自責の念が込み上げてきました。コムスンが悪いなどと言っていられないだろう。お前はどこに目がついているんだ。確かに最近の状況は、利用者サイドに自分達が立っていない事柄が多いと感じている。
 利用者さんの怪我や日常生活への心配り、後手後手の対応で、その経験が後にいかせていない。壊してしまうからとか言ってもわからないからという出来ない理由を何度と無く聞いてきた。
 「施設病」は利用されている方達だけの現象ではなく、サービスを提供する事業所側の現象でもあると聞いたことがある。
まさに、尚恵学園はその実態があることを認めなければならない。その最たる責任は理事長である私に有る。
 この問題提起に解決を見いだせないならば正直私の潮時だとも考える。
 利用者のためだと言いながら実態での遊離が大きい。ハード面の不備を遮二無二改善しなければと思いながら、ソフト面での対応を人任せであった。この期間が確かに長すぎたのかもしれない。
 それから、昨日だった。某県の会長から文章が届く。協会の活動への疑問を提示していた。特定の政党を支援することへの危険性を県の理事会にはかり、自分の県は参加しないと表明したのである。彼はいつも何も県単独補助がない県の会長をしています○です。と自己紹介してから意見を述べる。彼が言っている言葉で、今の運動が何か事業者のために行っているとしか取れない。本末転倒しているという冷静な目での今回の意志決定であった。

605:クレーム対応

No:604に続く。
 依然として入所施設解体論がある。6月21日第2回目の緊急集会がある。その参加者は多分入所施設を利用されている保護者(施保連)と事業者(主に施設長)だと思う。去年は日比谷公園で開催した。
 関東地区施保連の準備会に2回ほど私は出席している。施設長では私だけであった。そこで感じたこと。今回の自立支援法に対処するという共通の目的があるから話題は脱線しない。しかし、次は我々事業所へのクレーム要望になるであろう。様々な問題を内包していながら保護者はそれでも継続して入所させてもらいたいのである。
 施保連を弾薬庫と言った施設長がいた。その意味するところは誤解を生む。
 今ここに至ってもそのような言動が飛び交う業界は、未だ利用者との対等な関係ができていない。私はここ1年、そのような場に出る機会が急に増えている。正直、その時にいつもの如く声を大きくして、持論を述べることができない。
 理由は上記(NO:604)からの自信がないからである。
 根本的な解決方法が浮かばない。 焦りと申し訳なさに勝てない自分がいる。
 最近、良く耳にする言葉に『生き残り』というものがある。
 身近にも負債を抱え倒産した会社をいくつも知っている。決して怠けていたのではなく、夜も寝るのを惜しみながら必死に働き通した結果である。
 福祉の業界が自らの足で自立できない一番の理由は、許されることが多すぎること。全てがアバウト、責任の所在が不明確・・・・・という土壌からきている。

 今日も今から水戸にいく。いつもバイパスを通るから旧市街は時々通るぐらい。茨城の県都である水戸市ですらシャッターが閉まる店が並ぶ。多分経営者は2代目3代目だろう。商工会議所の旦那衆は先が見えない日々を先代が築いた暖簾だけを頼りに店を構えている。もしも再生しようとするならば一軒だけの努力では高が知れている。
 格差社会に突入して様々な浮き沈みを経験した。福祉における勝ち組は、決して規模を大きくした事ではなく、どれだけ利用するかたが満足しているかというスケールでの評価。
 このことを如何に関係者に周知徹底するかだ。
 クレームはある意味では重要な尺度となる。それをどう捉え、対処していく自力が有るか否か。これが私のプレイグランドである。【見つめて欲しい】*職員向け。 
 

606:右往左往

「形式にこだわるには人生は短すぎる」といった英国の作家スターンは55歳で亡くなっている。
人間の性(サガ)は如何ともし難い。特に宗教界など、もし、祖師が今の状況を見たらどう思うか?たかが僧籍数十年で上位階級を望む。階級によって着られる衣の色が異なるのは一般の人は知らない。宗派によって色が違うから尚更である。これなど当に差別化の権化。また勲章に一喜一憂する輩も多い。今の日本で榊莫山の想いは世を捨て山の中での生活でしか見いだせないのか??三井物産から国鉄総裁になった石田禮助の「祖にして野だが卑ではない」(城山三郎)も周りに左右されることなく自分の生き方を貫いた人であった。自分の利になる人にすり寄る人間が増える一方でこれらの気骨の有る人間が非情にも少なくなってしまった。
 何故先進国と言われる国が精神の荒廃を産むのか?その答えは明快、過程を抜きにして容易に望みを適えることが可能になったこと。精神はインスタントに獲得できるものでは無く、過程の中から育まれる。だが、望みを得る手段として人間は貨幣を登場させ金を自由にできる者達を優遇し、その者達が次ぎに望むものは決まって地位や名誉となった。
 政財界や宗教界はホンネとたてまえがはっきり二分化される最たるもの。官僚の腐敗が問題になっているが、これは一部の特権階級にだけ言えること。末端では汗水流して仕事をしているものも多い。もし、堕落している者が居るとすればそれは上司たるものの責任である。誰しも順風の時は帆をめいっぱい張って疾走できる。しかし、いざ乱気流に巻き込まれるとニッチモサッチモいかなくなる。これが、今の日本、いざなぎ景気を上回る景気回復という謳い文句の影に隠れた実情だ。御多分に漏れず福祉業界にも丁度当てはまる。
 やれ政治家だ陳情だと騒ぎ立てる状況は決して褒められたものではない。私はその意味では妙に冷めている。
 正直、そんなことどうでも良いじゃないの!というスタンス。むしろあんたは何の為にこの仕事をしているの?と問いたい。
 もし、福祉という大義の下で自らの利のみを負うとしたら、先のスターンの言葉通り、近くではコムスンの衰退と全く同じ道を踏む。これに気づかない輩は、正直危険である。また国民的コンセンサスを得ない手法は打ち上げ花火に終わるだけ。
 今、福祉協会が揺れている。今月21日、緊急集会が2000人集めて東京で開催することになった。具体的にこの話が持ち上がったのは2週間ほど前、文章がFAXされてきて初めて知った。各県に動員を求めてきた。それに対し、地方会が揺れた。特定の政党に福祉の団体が指示を決めつけて良いのか?協会の活動と政治連盟を同一視する執行部への批判が噴出。
 茨城はどうなのか?と意思表示をせがまれた。私は何も分からないで前任者から受け継いでやっと1年が過ぎた。飛び込んだ先が揺れに揺れている。何がなんだか分からないというのが正直な気持ち。
 永田町の一部では参議院選挙の結果、政党の再編があるのではという声も囁かれているという。そのような時期に目先の利に走って、政争に振り回されてどうなるのか! 一番の犠牲者は、彼らの為と称して旗を振る、彼ら自身になる。
 いつでもそうだ。障害者の福祉のためという事で応援させられてきた結果、一体何が変わったというのか?
 右往左往する今の時期こそ、じっくりその人達のホンネを見極める良い機会だと思っている・
 敢えて 言わせてもらえば、議員定数削減を明言し実行する候補者及び政党にならば手弁当で応援したい。自らが血を流さずして綺麗事ばかり言う者立ちに一体何ができるというのか!・・・・・田舎坊主の独り言・・・ 

607:職業病

どうもここのところ認知症が出てきたのではないだろうか? あるいは職業病?ワーキングホリック?
 つい最近もこんなミスを犯してしまった。ある祝いの席で司会の方から、「この電文はなんと読みますか?」と尋ねられ「うーーん。この弔電はねー・・・・」 次ぎに同様のミス。結婚が決まったという報告を受けた。お二人で見えたので暫くお茶を飲みながら話していた。「結婚式場は・・・・・とかでやろうと思うんです」と「あっおめでとう。そりゃー良かった。  あの斎場ね。一度行ってみたかったんだ」
 これって職業病でしょうか?相手からすれば許し難い私である。これが当の本人は全く悪気などなく自然に出てしまう。
 単なる呆けかもしれない。ついでに職業病は医学用語では「職業性疾病」労働基準法では「業務上疾病」というらしい。
糖尿病は力士の職業病だという。タクシー乗務員のエコノミー症候群もそうだという。ご存知だったでしょうか。
 私は団塊世代の少し前、今年57歳になる。いつの間にかなっちゃたというのが正直なところ。いやー50を超えてからが早いの早くないのあっという間。昨日テレビで三浦雄一郎のエベレスト登頂全記録という放送をやっていた。あれからコマーシャルで足に重りを付け、20キロのリュックを背負ってトレーニングしている三浦氏の姿に刺激を受けた。セサミンという薬の広告。早速そのセサミンを買ってきた。片方1キロの足首に取り付ける重りもだ。バーベルも1キロから2キロに上げた。白い帽子を被り、夜歩き出すのだ。これが地域で密かな噂になっているともいう。「住職、ちょっとおかしいんじゃねーのか。また何か考えてるのかねー」
 どうもおかしい???実行に移した2日頃から、股関節に違和感を感じる。ある人に「なんで腰でも痛えーのか。そんな格好して」と言われた。最近、2年間使用した万歩計を新しくした。そしたら何もしなくても歩数があがる。寝返りしてもカウントされてしまう。目標の1万歩を午前中でクリアー。なんじゃこれ。
 城山三郎の『仕事と人生』を枕元に置き、寝付け薬?に読み始めた。
・・・・・仕事を追い、猟犬のように生き、いつかはくたびれた猟犬のようにはてる。それが私の人生・・・・・・と本の表紙に書かれている。     ウー ワン.....wan !  
 

608:努力目標

”創意:工夫:責任:真心”平成19年度の努力目標である。
社是というか法人の目指す方向を示している。実際はどれだけスタッフに浸透しているだろうか?常に疑問をもっている。スタッフを信用していないのか!
 「尚恵110番」という形でひやりはっとや事故&苦情報告を纏めている。第2弾(H17〜19)を纏めてみたら11項目になっていた。その内容は様々。今日、全体会議の席で私が報告する。
 実は、私の狙いは問題の共有をはかり、その経験を後に活かすことにある。しかし、その視点はそこだけではない。ローテーションによる勤務で気づかないで流されることが多い。責任の所在も分かりづらくなっている。だから、敢えて報告書に記入し提出しなくても済んでしまう。その点を一番恐れていることなのである。実際にいくら注意して対応しても不可抗力による事故ケガは起こりうる。そのことは充分承知している。問題は知らぬ振りとか気がつかないということにある。
 第三者の目を入れなければならない。
 今月は何故か多くの訪問者があった。見学や相談などである。それぞれの担当が対応してくれている。正直応接する時間は大変である。猫の手も借りたいというのが正直だ。(千客万来)の招き猫は、尚恵学園の場合はどこで間違ったのか千客万歳になっている。(おもちゃ班制作)そうか、このせいかな!
 朝の貴重な時間を使って30分私が全職員の前で話をした。どれだけ私の本意を理解してくれただろうか?福祉現場の仕事は実は休みがないのだ。昨日の水戸での会議で「総合福祉会館を民間に委託すべきだ」という意見が出された。その理由は朝の9時から5時までの開館時間への不満と駐車場への配慮がなっていない。経費を掛けているいるにしては利用者サイドにたっていないという。私も実は同じ考えだ。会議など夜だったらできる場合も多い。それがお役所仕事と全く同じ融通が利かない。県庁などは夜遅くまで仕事で残っている職員が多い。まだ仕事しているよ。駐車場の管理は業務委託、会議が重なった時はひどい状態。私は最近歩数を稼ぐために県庁に車を止めて歩いてくる。しかし、中には隣の店の駐車場に無断で止めてくる人もいるようだ。
 福祉会館も会議室の利用料は収入割合では結構大きいはずだ。さすればもう少し利用者の希望を聞く耳を持つべきだろう。
 こんな事を考えていたら、何か自分の施設も同じで利用者へのサービスという点について言えば通底している。

609:忙中閑あり

I am never less leisure than when at leisure,nor less alone when alone.
(閑暇の時よりも閑ならざることなく孤独の時よりも孤独ならざることなし)
昨日は先ず10時までに大塚の宗務所で全国教区長会議に出席、朝7時の特急で向かった。残念ながら余り意味のある会議ではなく、昼前に地下鉄で有楽町まで出る。1時半からの全国緊急集会に出席するためだった。1700名集まったという事務局からの報告、国会会期中にもかかわらず多くの議員の先生方が激励?に参加。壇上で紹介されていた。
 この集会に関しては地方会の受け止め方が微妙に異なっていた。日本知的障害者福祉協会主催で共催に全国施保連。
 2部体制になっており、2部は政治連盟の会合。何度も地方会事務局にFAXが送られてきた。政治連盟への参加は自主参加という但し書きまで届く。反響が大きかったのだろうか。私達茨城はノルマの10名をクリアー、決して積極的な参加とは言えない。お隣の千葉県などは各施設に呼び掛けマイクロバスで参加したところもあった。茨城県選出の議員さんもお一人だけ電報を送ってくれただけ。ちょっと寂しかった。しかし、致し方ない。1週間前に議員さんに呼び掛けて欲しい旨の連絡があったのだから。いかに事務局が混乱していたかということだ。正直、私の想いはしっくりしていない。
 出席された会員には頭が下がった。電話で緊急に呼び掛けして、お願いした。皆さん忙しいのに参加してくれたのだ。
 お茶を飲んで別れた。その後は土浦に戻る。駐車場の車の中で法衣に着替え、お通夜に向かった。7時からの時間にお願いしておいたのでどうにか間に合った。
 さてと、一般の人々の関心事は年金問題。これは、多くの人が関係することだから当然だ。しかし、障害者自立支援法となると正直他人事、積極的に感心を持つ方はいない。そこで、今回のようなアピールの手段を取ることになる。
 実は、この事がおかしいと思う。頭に記した英語訳、一体何を言っているのだろうか?色即是空 空即是色の世界か。
否定の否定は肯定?
 そうじゃないと思う。良かれと思っている事に実は落とし穴があるということだと。総論賛成各論反対とでも言うのか。
結局は何を言わんとするのか当の本人が分からないで動くことになる。
 自立支援法の目的に対し異論を唱える者はいない。しかし、個別に見れば対象者によっては被害甚大。そこの論議なのだ。
 どうしてこんなに面倒なことになってしまったのか?これも全て人間のなせる業。

610:釣鐘クッキー

観音寺の鐘楼が完成しました。建設発願してから1年半で無事出来上がったのです。梵鐘に彫り込む願文をどうしようかと考えましたが、私が僧侶になる決心をした時から持ち続けてきたことを書くことにしました。今度、来られるときがあったらどうぞ見て下さい。
 建設費は自由寄付により集めることを最初から提案、結果として檀家さんの6割が寄付してくれました。募金期間が短い割には多くの人のご支援を得ることができ、大変喜んでいます。
 私の代で実現はできないかもしれませんが、私の夢の一つが今回の鐘楼堂建設です。私の祖父は名古屋から関東に出てきて、神立に住職として迎え入れていただき、私の父が住田としては2代目を引き継ぎました。檀家数が少なく、父は県庁に勤め、母は教員として勤めながら昭和26年頃から寺に様々な事情を持たれる子供達を預かり始め、昭和31年に尚恵養護学園をスタートしたのです。私は次男として生まれましたが、長男は私が生まれる前に亡くなり、姉二人とも両親の生き様を見ながら育ってきたと言えます。今私は56歳で35代目住職、振り返れば様々な事がありました。これからも有ると覚悟はしています。
 そのような中で常に持ち続けてきたのが、お世話になった地域の方に何か恩返しをしたいという気持ちです。
 神宮寺:観音寺の本堂を新築して頂き、境内を借りて50年前に始めた尚恵学園もどうにか運営ができるまでになりました。それは、地域の人々の「お寺の子供たち」という暖かい眼差しで見守ってくれたということが一番だと思っています。
 世の中が”福祉福祉”と騒がしくなり、その結果コムスン問題という先代から思えば想像もできなかった事態が起こっているのです。本来、国が行うべきところを民間の変わり者?が始め今に至ったと言えます。私の父は「昭和の良寛」などと言われた時期があるとか、父の性格では決して否定はせず、にやにや笑って受け流していたことと思います。親父よ今の時代はそうはいきませんよ!世の中が殺伐とした時代となり、環境破壊・政治不信・天下り:自殺:ニート:拉致・・・・・という否定的な言葉が氾濫、都会の生活に癒しの空間をと渋谷の真ん中に作られた温泉はガス爆発を起こし大惨事。一体どうすれば災難から逃れて生きていけるのでしょうか?
 過去10年を見ても自殺者は3万人を常に超えています。いずれ必ず誰もが経験する死をなぜ急いでするのでしょう!悲しむべき事に若年層の自死が目立つ時代になっています。生きていれば必ず良いこともある。その事を経験してもらいたい。
 私の記憶では小学に入学する前からお預かりしていた人との触れあいがありました。彼らは確かに歯を食いしばりながら”今に見ていろ!”という根性がありました。
ある時近所の仲間と遊んでいた時に誰かがお寺の子供の事を何か言った事に私が腹をたて、年上のその方にむかっていった記憶が消えません。腕力では敵わない事は分かっていながら涙を流しながら向かっていったのです。
 これが私のトラウマになっているかもしれません。瞬間湯沸かしみたいに爆発して食ってかかる性分。
 その事で多くの友人を失ってきたとも思います。
 梵鐘の音色は、常に変わりない音を奏でてくれます。怒り立った心の時は、慰めの音。 悲しくてしようが無い時は、励ましの音。・・・・・聞く人の心に、梵鐘を打つ人の心に、必ずや響くことになると信じます。
 記念にと釣鐘クッキーができました。金具の型は板金屋さんが無料で作ってくれました。まんだら工房のヒット商品になるでありましょうか????
あらよっと・・・・・・・鐘楼まつりだ どんどん
 

611:マスコミ

先日東京で開かれた日本知的障害福祉協会主催の緊急集会の新聞報道。朝日、毎日、読売の三大新聞は取り上げず、それが、全く予想外だったのは茨城新聞に写真入りで掲載されていた事。誰かが知らせたのか?
 県内での行事は今までも我々の活動を記事に載せてくれてはいたが、まさか今回の集会の記事をと正直、見直しましたね。
土;日と寺の檀務が多くて疲れ気味。週末が本当は体を休めるのができれば良いのだが、私には許されず。
 昨日、一年半ぶりにオーストラリアを放浪?していた次女が帰国。成田に出迎えに行った連中は五人、前回は紙に書いた大段幕、今回はテイシャツに「おかえり・・・・」とかと書いて出迎えたという。全く有名人気取り。今度こそ学園の仕事を手伝わせようと目論でいるが、どうも肩すかしにあいそうである。うまくいかないものだ。
 たった今、寺の役員会を終えた所。鐘楼堂の建築完成の報告と披露をどうするか協議した。皆さんに鐘をついてもらう。
感慨深いような顔をしていた。私は正直ホットしている。
 役員の皆さんは私より年が大分上のかた、私が小さい頃の話をしてくれるのは有りがたい。いつになっても変わらない。
こうやって年を重ねていくんだ。寺が大きく様変わり、でも皆さん菩提寺を思う気持ちは同じ。便利になった世の中だからこそ、昔風のやり方を大切にしたいと思う方も多い。
 そうなんだよ。鐘楼の鐘の音が聞こえたからといって何も実際には変わらない。記念にと梵鐘に流し込んだ銅板トウバを皆さん大事そうに持って行かれた。仏壇に飾るんだと言って。齢を重ねることによって、先祖への想いがより深まる。
 寺の半鐘まで盗まれる時代、でも、60年前には戦争で供出させられた寺の半鐘、幸いにして観音寺の半鐘は火のみ櫓に掛けてあったので助かった。今、本堂に掛けてある。【盗まれては大変と中にしまっておけとのありがたい?アドバイスをもらったが、そうもいかない】
 明日は横浜。全国施設長会議。会場のベイサイトは見事に昔の面影はなくなった。それが良いのか悪いのか?
 素敵なホテルも私には決して気の休まる場所とはなりえない。
 できればどこか田舎で立食パーテイではなく、星を見ながらキャンプファイヤーでもやれば良いのにと思うのだが、誰も賛同してくれないだろう。
 この1年何度この種の会議に参加したことか。常に結論がない、焦点の定まらない、消化不良の会議。
 今回の収穫はいかに。電車を4回も乗り換えて行くんだー。行く前から疲れてしまったわー。どんどん。

612:面従腹背

面従腹背とか面従後言はどうも頂けない。表向きは従っているが陰では相手の悪口を言う輩。汝 面従し 退きて後言有ること無かれ。(書経)
 しかし、そう思っている自分はどうか?面従後言飲み屋は花盛りとなっていないだろうかと。
 不平不満を言うことは簡単だ。しかし、それだけの事を自分がやっているだろうかと謙虚に考えてみると答えは明らかに「否」となる。昨日テレビで偶然にも主夫お父さんという報道を見た。奥さんが働き、夫は家事を分担している。ご夫婦の長男がダウン症で全盲全聾という3重のハンデイを持って生まれた。ご主人が家事全般を受け持つ。決して悲壮感などなく、子供さんのゆっくりした成長に感動し、下向きに家族との愛を育む。「主夫」という言葉はどこかで聞いた。私の先輩が当にその生き方を20年やり通す。彼は我が子を今手元からGHへ手放した。その思いは私には想像もつかない。夫婦で何度も何度も話し合っての結論だ。
 さすれば、今の福祉の現場はどうだろう!余りにも事務的な対応になっていないだろうか?ケアーマネージメントの重要性を国は盛んにアピールしている。サービスの在り方は個人個人によって異なる。選べる支援が障害区分によって決められる仕組みはどう考えてもおかしい。声を大にして訴え続けてきたが、国は先ず財政問題有りき。一向に改善しようとする具体的な動きが見えてこない。期間を区切ってのサービスや地域生活という垂れ幕に隠れたお粗末な実態。事業所の努力によって改善できる余地は非情に少ない。逆に何もやらないほうが経営的には楽になるという矛盾、やればやったで支援する職員が倒れる状況が目に見えている。
 北海道の肉製造会社の実態が暴かれるにつれて、企業のコンプライアンスが盛んに問われる。そして福祉事業でのコンプライアンスはどうかと言えば、コムスンの問題がこれまた内部からの告発で明らかにされた。どうも。企業の倫理というか法を順守するというモラルの欠如が目立ちすぎてはいないか!社会的な制裁は当然受けるべきであろうし、責任者の今後の動きやペナルテイを見届けたい。経済大国になったという幻の中であまりにも多くの大切なものを失ってしまった。国の借金は国債も含めるとトータルで800兆円を超す、国民1人に換算して優に6000万円に達している。多分、国レベルで検討されている手法としては真っ先に補助金の削減であろう。当然福祉に欠ける予算も同様の仕打ちが待っている。我々の上部団体が薦めようとしている政治連盟の動きへ問題有りと異議を唱える地方会が出た。私も一党に決め打ちすることは危険だと思う。
 むしろ超党派で議員1人1人の政治家としての人間愛?政治信念に期待をかけることのほうが重要だと今でも思っている。巨大化した福祉事業所にどうも不信感がぬぐい切れない私は、妬みや羨望なんかのちゃちな考えではない。

613:格闘技

K−1ではありません。草との格闘です。先日、檀家さんがトウバを取りに来られて、案の定私は書くのを忘れていましたので急いで過去帳調べて書いたんですが、その間、檀家さんは庭をウロウロしながら、首を傾げたりがっかりしたり・・・・
 「どうもお待たせしました。これで良いんですよね」とトウバを渡す。「いやー住職、これだめだよ。いくら頭をちょんぎっても、根っこ!根っこがずーと這えているから頭を切れば切るだけ横に広がるんだー」トウバを取りに来たんじゃないの?
「これ、こうやんだ」と土を掘る手真似をして見せてくれる。実はスギナと篠が庭に出始めてから正直諦めていたこと。除草剤は使いたくない。それで簡便な方法で頭を鎌で切るやり方で済ませていた。2〜3日でまた新たな芽が出てきて草ボウボウ。
 トウバ書くのを忘れていながら、「それじゃ、Kさん今度掃除してくんねーか」とはさすがに言えなかった。
 そこで考えたのが鍬型のスコップ、学園より持ってきて篠が生えているところを掘り起こす。
  篠は20p〜30pぐらいの深さに根があって、それが横に伸びる。節々から細根を伸ばし、地上に出ると葉を出し、ものすごい勢いで伸びるのだ。それを目に見える部分だけをいくら鎌で切ったところで次から次に伸びてくる。この繰り返しをやっていたのだ。スコップは雨が降った後の土が軟らかくなった時が一番良い。
掘り起こすと途中で根に引っかかったような力が加わる。そうすればしめたもの。面白いもので直線で葉を出す習性がある。それをうまくスコップを入れて行くと、葉の所を手で引っ張ると中にある太い篠の根が出てくる。それを途中で切れないように慎重に引っ張るのだ。
 しかし、困った事を発見。龍の髭の中まで篠が進入して、その中のものは、その方法では無理。龍の髭までダメにしてしまう。実は昨日はここまででストップ。今度例の檀家さんに聞こう。
 外来種の問題に通じる。霞ヶ浦はご承知のようにワカサギの名産地だった。それがもう大分 前から獲れなくなっている。稚魚の時に食べられてしまうからだ。水質の汚染と外来種(ブラックバスやブルーギル)のダブルパンチ。何か蟻の世界にも同様の事が起こっているという。
 先ほどの篠との格闘も、篠を龍の髭と共存出来ないものか?できればそれで苦労はない。問題はどちらか一方が強すぎるからいけない。ワカサギは土浦の名産として重要な食用になり、佃煮屋が成り立ってきた。もし外来種の魚が食用になったり観賞用になれば釣りの愛好家以外から悪者呼ばわりされている彼らも生きる道が開けるというもの。
 話はドンドン飛躍する。実は障害者の福祉はワカサギや龍の髭の役回り?そうとは言えない。地域での共生を計るためにはどうもその辺の立場が未だ見つけ出せない。そこが根本の問題である。枝葉末節の事でいくら騒いでも分かりにくく複雑になるのが関の山。
 夕方上野での会合に行く前にまだ時間がある。龍の髭の中に進入してしまった篠との知恵比べをやるしかないか!
 

614:疑心暗鬼総論

「世のため人の為と言いながら、結局は自分のため」最近の疑惑が絡む様々な事件は当にこの事を言っている。
 元公安のトップと朝鮮総連の土地売買のなんだか分からない疑惑。コムスンやミートホープの真相は未だ解明されていないが、『疑心暗鬼』に誰しもなってしまうようなことが立て続けに起こる。書店を覗くと最近、世を儚むタイトルの新刊本がやたらと目立つ。
 Fight with one`s own shadow 疑い出すと、何でもないことまで疑わしくなってくる。
 昨夜、声を掛けられて4人で飲み会、私は飲めないので申し訳ないと思ったが、結局一番声を大きくしてしゃべってしまった。地元の医者と坊主それに現役区長に老人会の会長。何かそれだけで疑心暗鬼になるようなメンバーだ。
 地元の活性化の話になり、それぞれが郷土を思う気持ちが盛り上がりの源泉。議員にお前が立てとか、いや、議員を使う人間にならなければダメだとか結構好き勝手な話が飛び交った。
 国はマスコミを意識した審議混乱の演出、田舎役者より下手な某委員会の乱闘騒ぎ、1ヶ月の登院禁止のペナルテイが効いたのか、次の委員会は委員長席の周りを囲んで何やら叫んでいる。多分、事前に打ち合わせがあったのだろう。取り囲む議員の中に始終ニヤニヤしている先生の顔が妙に本心を表していた。
 「国会の為の選挙ではなく選挙の為の国会」と皮肉ったコメンテーター。上手いこと言うな!
 だがまてよ。
 ふと我に返る
「福祉福祉と言って、お前は本当にそうなのかよ」この自問は常に頭から離れない。その事がスタッフへのプレッシャーとなっていることも事実。
 しかし、深刻な状況は一人の力で如何ともしがたい。これが此岸の生き様でしょうね。苦集滅道

615:世代交代

昨夜、茨城県の知的障害者福祉で一番歴史のある筑峯学園の施設長であった岡野和子先生の通夜に参列しました。享年88歳でした。(先生は60年以上奉職されました)
 かしわ学園の永井先生や慈光学園の中川先生も既に亡くなり、県内の障害福祉の礎を築かれた先輩(女性の施設長)が皆さんいなくなってしまいました。私が尚恵学園に勤務しはじめた当時、施設長会にはいつも来られてお互いに談笑されていたことが思い起こせます。先生達のご苦労は今の時代、昔物語として語り継がれるだけで想像もできないことの連続であったと思うのです。しかし、私が先生達から学んだことは、子供達(全てが児童施設)への熱き想いと愛情の深さでした。国の仕組みが未整備で補助金だけでは運営ができない時代、職員の確保も大変困難な時代を乗り越えて来られた方達でした。私は父の後を引き継ぎ、若くして皆さんの仲間に入れていただきました。先生方のどなたかが叙勲を受けられた時には喜んで事務局を引き受け、昔、共に苦労された先輩達の集いに出席させて頂きました。懐かしそうに話される内容は、皆さん施設長会議の時の話です。会議は施設を会場に行っていましたし、集まれば議論白熱、相手を罵倒するなどいつものことのようでした。逆に、それだけ当時の施設長の仕事に対する思い入れが強かったということだと思います。
 今、全国的に新制度移行への問題で大騒ぎ、時代の変化の中で従来の在り方では行き詰まることが分かっていての変革です。当然、既得権を主張する人達もおり、未だ何ら制度の恩恵を得ていない人達の要求も表面化し、限られた財源の活用を巡っての混乱です。ただ、先人がご苦労された時代と大きく違っていることがあります。
 それは、一部の人達だけが必死になって動いているという状況です。政治連盟発足の動きも、根本にはその体質が見て取れます。つまり、自分は高見の見物でお手並み拝見という人達が大多数だということです。これでは絶対に変わりません。 事業所の責任者として、先人が築いてきたものにいつまでも頼っている時ではないのです。
 当然、利用者や職員が施設長の言動を見ています。不満を言うことは誰でも出来ること。果たして不満を言えば物事が変わるのでありましょうか?
 国会で良く議論される「説明責任」、これも実は不満に対する自分達の実践根拠を示せということです。儲からないから辞めるという輩は、早くこの業界から退席してもらいたい。どうしてもその発想・起業理念からは一般の人々の信用を得ることはできません。確かに、障害を持つ家族からすれば、先ず受け入れてくれる場所を整備して欲しいというのがホンネ。
 しかし、この関係では実は家族と事業所の双方にズレが生じます。制度が未整備であった当時、両者が本気になって築いてきたものは、今、責任論の陰に埋もれて熱気を失い、なんの為に誰の為にという原点を見失っているように思えてなりません。・・・・・岡野先生の冥福を祈って。7/2