源究85

No テーマ 月日 No テーマ 月日 No テーマ 月日 No テーマ 月日
1211 地殻変動 7/16 1216 自然を感じる 7/23 1221 足が棒 7/30 1226 変化&不安 8/4
1212 心に沁みる 7/17 1217 いまさらさればこそ 7/25 1222 過去帳 7/31 1227 手段&目的 8/5
1213 カブト虫おじさん 7/18 1218 衣羽織って 7/26 1223 仏教への期待 8/1 1228 どうぞお先に 8/6
1214 家族会 7/20 1219 実践躬行 7/27 1224 お別れの会 8/2 1229 グローバル化 8/7
1215 お呼びでない 7/22 1220 シフトチェンジ 7/28 1225 明暗 8/3 1230 期待 8/8

1211:地殻変動

ニュージーランドでM7.8という地震があった。瞬時にテレビ画面にそのニュースがテロップで流れた。この情報の速さは脅威である。津波に対する警戒を早く知らせるためにここまで進歩したと言える。
 居ながらにして世界の出来事を知ることに。こんな話も耳にした。世界中のマスメデアが日本から記者を引き揚げているという。どこに行っているかと言うと中国だという。大分前に問題になったアジアのハブ空港が日本ではなく、韓国や中国に移ったという。理由はいろいろあるのだろう。
 地方空港では就航便の減は深刻だ。想定した通りにいかない。静岡空港の立木問題は論外だが、来春開港する茨城空港も大変だ。実はこんな相談を受けた。ターミナルビルに障害者の展示コーナーを作り、作品を販売する提案だ。しかし、ウンとは言えない、一体どれだけの人が利用するのか全く先が読めないからだ。
 共同受注や工賃倍増など次から次に国から下りてきた。実際に受けてみた、コンサルが1年間、定期的に入った。結果は簡単には出ない。意識面では変わったかなという位だろう。
 手を変え品を変え、様々な提案が出てくる。しかし、それが上手く機能できていない。殆どが単年事業でその時だけという内容だから、此方側も本腰が入らない。
 今日は今から東京に向かう。関東地区大会が新宿の京王プラザで行う。動員も相当の人数だという。さすが東京だと言いたいのだが、内容はどうだろう?ここ数年、話を聞いてきたというだけのものが増えた。何せ行政報告一つにしても事前の情報が独り歩きして、国会で通っていないというものが多すぎます。今回だってそうだ、選挙モードに入っており、審議どころの話じゃーない。情報の前倒しが多すぎませんか。
 すぐにトンボ返りする予定、通夜が入ってしまった。私共と関係する人だから檀家ではないのだが引き受けた。石岡の斎場とのこと。こういった生活をいつまですれば良いのか!施餓鬼の準備も全く進んでいない。
 私自身の中で地殻変動が起こっている。
暑くて文章が支離滅裂、悪しからず。
 

1212:心に沁みる

新宿は何年ぶりだろう?ある会合が京王プラザであった。そうか、もう40年前になる、当時、私は新宿西口からバスで然程かからない処に下宿していた。あの頃は副都心などといった派手さはなく、都の水道局の跡地が草ぼうぼうであったと記憶する、京王プラザは当時としては鳴り物入りで作られた高層ホテル。そこが今回の会場だった。西口から地下の動く舗道に乗って暫くするとホテル脇につく。地上に出ると方向を見失う程の高層ビルが立ち並ぶ、大分昔だもんなー、変わったな!
 ホテルの5階にある会場は、主催者の発表では1600名集めたという、大広間にはギッシリ椅子が並べてあった。開会セレモニーの後、障害者6団体の東京大集会(ジョイント企画)、行政説明にウンザリ気味の私には、スリムでエキスだけを抽出したちょうど良い企画に思えた。
 自民党からは誰も出席しなかった。他の政党は議員を出している。それどころじゃ無いんだろうな、内紛騒ぎで、会場でもそのようなヒソヒソ話が至るところで聞かれた。我々の3年間の活動の窓口は自民党だった。そこから誰も来れないとは?
 障害者本人3人が5分間という、短い時間であったが意見を述べた。最初の方は、職員かと思われるほど、見事な意見を原稿なしで述べた。次に男女二人が原稿を一生懸命に読んだ。3人目は原稿に時々目を通しながらも、自分の言葉で意見を述べた。
 誰しもが頷き、真剣に耳を傾けた。ここ数年、心に沁みる話が聞けなかった私には新鮮だった。何か裏を疑ってしまうようなものばかりだった。1週間前もそうだ、緊急に地方事務局に届いた「虐待防止法」への反対要望、これもいつの間に廃案となり、徒労に終わる。目先の事ばかりの線香花火が多すぎる。
 私は泊る予定だったが、通夜が入り、途中で退席させていただいた。
このコーナーで今までに何度か触れたこと、ご家族の了解を得たわけでもないので余り詳しくは触れない。今晩の通夜は、一人娘さんが重度の障害を持っている。ご両親が一生懸命、彼女を中心にして今まで支えあってきた三人家族、その大黒柱のお父さんが60歳で亡くなった。私と一つ違いだからまだこれからだという時、さぞかし無念であっただろう。寡黙な方だったから最後は何を家族に伝えたかったのだろうか、その一人娘さんの姿は通夜会場には無かった。尚恵学園でショートステイで預かっている。お母さんはとてもしっかりした方で、娘にはお父さんが病院から家に戻った時に会わせましたから・・・・・パニックでも起こされてはと心配して本人は学園で預かることになったようだ。
 家族と共に在宅で暮らす人たちを多く知っている。どうしても本人中心の生活に成らざるをえない。そこに絆が生まれる。しかし、現実は大変なことである。今の国の制度では生活を賄えるだけの障害年金は望めない、だから、誰かが仕事をして糧を得なければ在宅での生活は不可能。これが貧弱な日本の障害施策と言われる所以。いつも紹介するドイツの制度、今でも一人の障害を持つ子に月に3000ユーロ、国は家族に支給する。日本円で約40万円、この違いは一体どこからきているのか!
 糸賀先生の言う「構造的な矛盾」が当に現実の問題として何ら解決をみていない。先生が『福祉の思想』で書かれた内容を初めて知ったのは丁度私が西新宿周辺に下宿していた頃だった。革マルとか民青とかいうヘルメットをかぶった学生が新宿で大騒ぎした時代である。当時都会に憧れていた私には云いようの無い虚しさを感じた。
 確かに40年前と比べれば、日本の経済の豊かさは雲泥の差である。異を唱えるものはいない。
だが、弱者と言われ、じっと耐えながら片隅で遠慮しながら生活をされてきた人々の暮らし向きは当時とどう変わったか?一般の人々の目を向けさせることができたのか?
 答えはNo。障害者運動は依然として関係者だけの活動の域を出ていない?
本当に今こそ、彼らが自らの言葉で何を望んでいるのかを世に訴えていくことが重要だ。すると「そんなこと今までやってきたよ」と必ず言われる。
だが本当にそうですか?果たして障害者が種別を超え団結した運動を展開してきましたか?大いに疑問がある。障害者同士がお互いを理解しようとする前に自らの利を叫びすぎないだろうか。
その端的に示す例が、泥沼化した障害者自立支援法改正騒ぎである。
佛教に言う「自末得度先度他」の実戦を行うべきだ。
自らが渡る前に他を渡してあげる、その結果自らも享受できる仕組み作り。。。。。これが近道だと私は思っている。

1213:カブト虫おじさん

7〜8人の子供たちが自転車で学園にやって来た。誰かを捜している。草刈りをやっていた私は「誰かに用があるの?」と尋ねる。すると「カブト虫おじさん!いますか?」と言う。最初、何を言っているのか解らなかったが、紙に書かれた名前を見せてくれた。そこで納得、瞬時に思い浮かぶことがあった。何かまた始まったな。S君はアイデアマン、何しろ彼の愛車チャリンコは旗をサドルに刺し、派手なクラクションもオプションでつけてある。それに、服装が目立ちすぎ、どうしてああいう感覚になるのだろう?私にはまったく理解できない。・・・が堂々と生きている。
 彼は朝早く動き出す、夜は懐中電灯を持って出て歩く。目的はこの時期、カブト虫、虫カゴに沢山とってそれを売るのだ。一匹100円。
 どこで彼と小学生の接点があったのだろうか。学校の先生から電話があった。遠回しだがS君に生徒達を連れ歩かないように注意して欲しいという内容のようだった。
 学校は事故や事件を恐れてのことだろう。一向に関知しないのはご本人、今日も颯爽と愛車で通勤した。
今の世の中は、殺伐としている。何か起こるのではないかと、包囲網をはる。その網に尚恵の利用者さんは、ことごとくかかってしまう。
 地域で有りのままに生活できる世の中を築くんだったんじゃーなかったでしょうか?今、業界は大変です。国会のゴタゴタに巻き込まれてしまったのであります。障害者自立支援法の一部改正法案が審議未了で廃案となったとか。
何度も何度も説明会を開き、その都度対応させられてきた我々現場、「ご破算で願いましては・・・」となるのですか?
 こんな事永田町の先生達には関係ない。御身保身そのものにしか関心がない。○○法?なんじゃーそれ?だよな、多分。
 地域で有りのままに生きるってことは、一体どういうことなんだ?その答えすらあの人たちには解らなかった。綺麗ごとにウンザリ、カブト虫おじさんが泣いているよ。
 明日は親の会の総会があります。理事長が話せという。1時間も話して果たして聞いてくれるかな?
一方的な話はやめることにしよう。私から問いかけることにした。まず第1に「皆さんは我が子にどうあって欲しいのでしょうか?」第2に「貴方達が親としてやらなければならないと思うことは何ですか?」第3に「学園にどうしてもらいたいのでしょうか?」最後の問いかけは時間が無ければ取りやめよう。
 子供たちの自立を諦めてしまった親たちに何を言っても無駄、ただただ学園で生活させてもらいたい。これが本心だ。
この遣り取りは今に始まったことではない。一貫して変わらないのである。
 世の中がこれだけ目まぐるしく変化しているのに、この思いだけは一向に変わらない。ここを切り口にしなければ私の出番では無い。ハッキリ言ってやると決めた。
 ちょっと気になること。『デモクラシーの冒険』集英社新書より
・・・・・某元首相が、「選挙の際、選挙民はできるだけ寝ていてくれ」と発言云々、。。。。。
・・・・・自由が勝利した瞬間、自由な選択肢が消失した。。。。。。
この本は姜尚中とテッサ・モーリス・スズキの会談を監修したものです。
 現実社会を斜め読みするのではない。一体いま起こっている現象は何が原因で、どの方向に舵を切るかという目論見を注意してみていくべきだと言っている。
 カブトムシおじさんが一生懸命にお金を貯めようと思った行為、休まずに会社に勤めている姿、これ事態にトヤカク言うことはできない。そこを認めることができるか否かという此方側の問題。それこそ、人間の価値をどこに見出すかという重要な問題が潜んでいると私は思う。そのことが十分に議論されずに借り物の制度を作った現政権には責任がある。そして、もしも相対する政権が誕生した暁には、その過ちを二度と起こしては欲しくない。
 我々業界にも当然、その責任の一端はある。

1214:家族会

家族会の研修がありました。学園の今後の在り方について私が話す事になった。毎日学園のことを考えない日はないので題材はいくらでも有るのだが、”待てよ”と思った。親たちは何を考えているのだろうか?
 其のことを逆に探りたくなった。どうすればホンネが聞き出せるか?正直、家族会での意見交換は8つのブロック会ごとに何度も行ってきたが、全体での話し合いはあまり経験がない。私が持ち時間を縮め早めに話を済ませて意見交換の時間を持ったが案の定あまり積極的な意見が出なかった。
 難しい話をした覚えはないのだが、イマイチ焦点が合わない。
茨城県も昨年、遅ればせながら施設保護者連絡会を立ち上げ、全国組織に加盟した。現在の事務局は高知県の方、毎日のようにメールが送られてくる。情報量の多さには驚くばかり、全てに目を通すわけにもいかず、ただこの方の行動力に敬意を表する。本気に親たちが立ち上がると、我われ事業所の比では無いということだ。
 制度と箱物の福祉にドップリ浸かってきた事業所は、いま右往左往している。様々な事業主体が現れ、決して立派な設備ではなくとも、地域を巻き込んだユニークで活力ある活動を展開している。
そこには既得権益を守ろうというような考えは無く、純粋にいま必要な事を追い求めている。
 私は傍目でその実戦を見ながら、大いに学ぶ処あり、できれば連携してやりたいと思ってきた。それがどうだろう、地元では社会福祉法人が手をつないで社会貢献をしようという動きがある。私も末席を汚す立場であるが、少し腰が引けている。
今更、社会福祉法人だけがあつまってどうにかしようというのも可笑しなもんだ。時代は急速に変化している。
 私どもの家族会は歴史は古い、活動もそれなりに行ってきた。しかし、最近は様変わりしている。親では無く兄弟になってきた。それと在宅支援を始めた頃から親の意識の違いを感じた。一生施設にあずけたいと考える親とできれば自宅で見ていきたいと思う親のズレである。
 これは如何ともし難し。この微妙な違いを引きずっているのが、全日本育成会と全国施保連である。私はどちらにも関わってきたから良く解る。どうしても一枚岩にはなれない。
 それから、事業所団体も今大きな転換期を迎えた。日に日に確率が増してきた政権交代に、今度はどうアプローチするのか?
執行部の総入れ替えで事がすむということではない。可笑しなもので、中央と全く同じ状況が地方でも起こっている。
衆議院改選と知事選が同日実施で調整されている。風向きは大きく変化した。保守王国の我が県も例外ではない。強固な?結束を誇ってきた某政党が綻び始めている。私に言わせれば今までが可笑しかったので、やっと気付いた有権者が行動を起こしたのかと思っている。誰が首に鈴をつけるか、黙して語らずだった。
 私は危機感をもっている。もしも新人の方が知事になれば、障害福祉などは日の目を見なくなるのではないだろうか。今まで一緒にやってきたという思いが今の知事とはある。院政という言葉は嫌うであろうが、自分自身が本当にやりたいことを集大成として思い切ってやって欲しい。微力ながら支援したい。
私なりの決意をもって今回は臨むつもりだ。
 昨日の家族会の研修で2代目の会長と話した。今でいうエリート官僚でその人脈は凄かった。今は勇退し、自宅で過ごされている。当時、県内の親の代表として様々な陳情を行った。その方が今の福祉の流れを憂いていた。
 「これで国が持つのですかね?」と言った。通産官僚の局長まで務めた人だから海外赴任も多く、日の丸を背追ってやってきたという自負がある。
 それは私自身に対しても言われていること。尚恵学園を背負ってやっているという決意を強く望まれる。
 ズッシリ重い。でも、これなくして船頭はつとまらないと自覚している。
 

1215:お呼びでない

”あっ やめてくれ!”と叫んだ。声は出ない。そりゃーそうだわな。夢だった。
 なんとOさんが私の残り少ない毛を引っ張った。彼女は紐に興味を持っている。目が覚めると枕元に猫のハナがこれまた「何やってんの?」と迷惑そうな顔をして私を見つめる。  今朝こんなことがあったと正直に白状しました。
 何か変だと思う。お盆月前になって急に悔みが増えた4日連続、多分疲れているのでしょうね、施餓鬼の準備どうにか塔婆書きは目鼻がついた。これから掛け軸、全く手をつけていない。
 昨夜のタクシーの運ちゃんもちょっと変だった。私が乗るが早いか、「住職さん、忙しいかい?。俺あーだめだー 全く暇でよ」ここまでは良くある挨拶。「おれな50日入院してよ、死にはごって、でも、生きてんだから図太いんだわな!長生きできっかな?」「できんじゃーないですか」と適当に相槌、すると段々話が自分の事にすすむ。「おれよ、目が見えなくなるし」ときた。大丈夫かよ?「おれ下もダメ・・・・へへへ」 これが通夜のお迎えのタクシーの中の会話だった。
 いよいよ衆議院解散、なんで全員で”万歳三唱”するのかが解らない。今日からタダの人、皆さん挙ってお国入り。
私は選挙制度を変えるべきだと考える。
オーストラリアとかブラジルは投票を法律で義務付けているという話を聞いた。投票しない者は罰金を取られる。
それくらいしないとダメだわな。「支持政党なし党」を旗揚げすれば、そこが第1党になるというのでは恥ずかしい。
 ただ、問題は、自分が入れた票が死に票になることである。オーストラリアでは1位から15位くらいまで自分が考えた優先順にリストアップする仕組み、自分が1位と考えた候補者が落ちた場合、第2位の候補者のものとなる。だから死に票がない。
 選挙制度改革が遅々として進まない、その一番の原因は保身、国民の目線からズレている。どのような事をやってもだめ、小選挙区にして金がかからなくなったでしょうか?比例区って、どうなってんの?貢献度のサジ加減?
 政治で大切なことは「ある政策の結果、一番負担を被る人々が、一番発言力を持つこと」それが今、利益を独占できる連中の声だけがやたらとデカくて、負担を被る人達は、もっとも無力・・・「デモクラシーの冒険」より抜粋・・・・・全くの同感である。
 結果は余程のどんでん返しが無い限り、戦う前から解っている。私の関心事は、投票率だ。
さて、良く解らないことがあるんですが、審議未了で廃案になった新法の一部改正、どうなりますかね。その影響は。
誰に聞けば良いのか解らない。しかし、実態はもっとすごい。国会に改正法案が上程された事も知らない人が大半、これって政治が有権者と乖離してしまったと言うのではありませんか?
 情報は膨大且つ複雑、殆どの人は目を通さない、誰かが教えてくれるはずだで動いている。私が関係する団体も同じ、中央から次々に流れてくる情報をどう会員に知らしめるか、そこに一番気を使った。何か変だ!!!!!
 甲子園の地方予選真っ盛り、強豪校がやはり善戦している。我が母校、珍しく3回戦に進む。期待していないだけに、余計気になり始めた。もしかして万が一の可能性が起こるかも?
 先日の家族会の研修で、”期待と絆”の話をした。親子の関係をどう説明するかを考えあげた末の結論だった。

1216:自然を感じる

オトギリソウ(日光)
登山ツアーで多くの人が亡くなった。北海道大雪山系のトムラウシ〜美瑛、私は大学2年の時に夏合宿で旭岳から入山縦走した。記憶は定かでないが山中4泊以上の日程を組んだと思う。亡くなった人は殆どが凍死だった。この時期の夏山を甘く考え、スケジュールに無理があった事は一目瞭然だ、晴れた日にはトムラウシ周辺は山深く池トウもあり、素晴らしい場所、北海道と言えばこの山が直ぐに浮かぶ位印象深い。
 有り難いことに奥日光より数枚の写真がまた送られてきた。その中の一枚が上記スナップ、オトギリソウというらしい。派手さは無いが小奇麗で温かい風に包まれ草原一杯に花を咲かせている情景が浮かぶ。これもまた昔歩いた処だけに、一瞬にしてタイムスリップ、是非とも訪れてみたくなった。光徳小屋の管理人さんが送ってくれる四季折々のスナップ、素晴らしい自然に囲まれて生活できるなんて羨ましい。都会の人から見れば、今の私の生活も自然の中だろう。
 昨日、ちょっとした騒ぎがあった。尚恵学園周辺にサルが出没、役所に知らせたという。また、観音寺の本堂の屋根裏にどうもハクビシンがいるようだ。夜中に走りまわっている。そしてオシッコをシャーとやっている音がしたという。
 どこから入ったのだろう?
周囲が開発され、住みにくいと思って寺の周りに集まってくる。まーいいかな。
 新型インフルエンザの対応が県によって違うのだろうか?茨城県では明日から対応を緩和すると発表した。遺伝子検査も事業所内で2人以上出た場合に一人だけを実施するとか、それに人数の発表はしないという。今回の病状は重篤になるケースが少ないからだと思う。それと、既に感染者が増えて、従来の対応では無理になったということだろう。
WHOも国別に感染者数を公表していたが7月7日より取りやめた。夏場ですら、一向に減らないのだから、秋口から大変だろうと思っていた。通常のインフルエンザと同様の対応となると、気分的には楽になる。これだって自然の為せることだ。人間の脆さを痛感する。
 よく考えれば抗体というものは、感染した後に体がその菌と共存できるようになるのだから、無菌状態で隔離することがどうなのだろう?
 この考えは実はいろいろな処に見え隠れする。これもまた誤解を受けることを覚悟の上で言いたいのだが、障害者福祉に関わっていると、世間の目や行政の心無い人と接すると考え方に通低するものを感じる。
 以前として、障害者に対して、仲間扱いなどせず、迷惑な存在というあからさまな言動をする輩と出くわす。そんな時、無性に腹が立ち、どうしようもなくなる。
 福祉を金で買うという思いがいつの間に定着してしまったのではないか?この考えで突き進んでいくと最終的には悲劇を生む。国と国の争いに発展し、取り返しのつかない事態になる。
 これは一夜の中になるというものではなく、長年の積み重ねによって築かれてしまった。政治と官僚の癒着構造は、事無く過ぎる時には目立たない。しかし、今の状況は、どこを掘っても水が湧き出ると同じ状況だ、我々も根負けし、どうにかしてくれよ!と誰もが思っている。
 
 

1217:いまさら さればこそ

なんで今更 ちゃんちゃら可笑しい・・・・議員の皆さん、選挙が近づいたから急に挨拶まわりですか、同じ手にはひっかりませんよ。なにせ 貴方達は一体この国をどうしたいのですか?関心事は自らの議席のことばかり、よくも同じ人種が集まったものですよ。ケセラセラ、わたしやーは呆れて何も言えないんだから、本当に自分が偉くなり過ぎちゃったんだわな。ワザワザ俺は偉い人という張り紙張って歩いている。そんな人には野に下ってもらおう。それしかありませんよ。
 大阪の友人とそんなメールを取り交わしました。彼は週末は親の介護の為に実家に通う生活をずっと続けてきている。週3日も腰のリハビリしながらだそうです。
NHKで介護現場の苦痛という特番をやっていました。私と同じ年齢の方が親の介護のために離職し、実家での生活の報告をしていました。この介護現場の実態をどうするというんでしょうか。
 あれはいつ頃だったかな?ある病院で見かけたことを敢えて紹介しましょう。某元県会議員の先生、前回落選、病院の受付で大声で事務員を叱っていました。「院長出せ!」とかなんとか、皆さん順番を大人しく待っているのにですよ。昔だったら電話でも入れれば待ち時間なしで直ぐに診察してもらったのかもしれない?バッジが無くなっては駄目だわな。「順番ですから並んでください」と言われ、暫くブツブツ言っていましたっけ。
 この感覚はどういうものでしょうか?わかりませんね。周囲の人は皆さんニヤニヤ笑っていました。
 だからですよ、衆議院で落ちた人も同じ経験をされると良いと思いますよ。これが偽らざる国民の目線ですから。
私もその日は通院をしていまして、3時間待ちでした。私の周りには赤ちゃんを抱っこした若いお母さんや、車椅子のおばあちゃんもじっと待っていましたよ。
歴史は語る。 奢り高ぶった人間は、行く末が惨めなんですと。そうですと。
 
 オバマさんがいみじくも掲げた”change"は、期待が大きかっただけに大変だろう。外交や防衛問題は自国の考えだけでは上手くすすまない。確かに東アジアも火種は多く抱えている。歴史を辿れば、今更驚くことではない。元寇や遣唐使の時代、海を渡ることが命がけ、それでも目的をもって船出した。
 ただ、大きく違うことは、平和漬けの置き土産なのか”目的”が曖昧になってしまった。手段が目的にすり替えられた。
 今回、政権交代の確率は大きいというもっぱらの前評判、今朝のテレビ番組をラジオで聞いていた。
 民主党になれば、政官癒着が変わると言っていた。でもね?それが目的?
 細川政権みたいに1年で挫折ということを万が一にもあったとしたら、民主党の責任は重大である。
前回紹介しました「かぶと虫おじさん」また学校からクレームの電話、相変わらず小学生を連れまわしているらしい。困ったものであります。 責任を感じますよ、私は。
 でもね?おじさんが障害があるからですか?先生よ。そこん処、はっきりしてよ!何か事件に発展するんじゃーないかとでも恐れてのことですか?
教育現場がこれだ!先行きは誠に多難であります。いまさら さればこそ!

1218:衣羽織って

連日、九州地方の大雨被害のニュース、凄まじい雨が一気に降った。土砂崩れにあった特養ホーム、以前として行方不明の方が何人もいるという。都市部のインフラ整備が進み、地表がコンクリートで覆われた。だから短時間に集中した雨が降ると排水機能が麻痺してしまい、被害に発展する。また、山間部は植林が間に合わず、山の保水能力が弱まった。これが最近頻発する災害の主因である。
 昨日は日差しが急に強くなり、外にいられないくらい。車のエアコンも効かない。こんな時はプロのドライバーはどうするのだろう?腰にタオルを巻きつけて運転するとも聞いた。
 さて、プロ?の坊さんはこれからが正念場、自分ではそう思っているが周囲の誰もそんな風には感じていないようだ。歯を食いしばり、衣を羽織っていざ出陣。
 昔から感じていた。坊さんはお経を読んでナンボ?  否 否 否
遺族の心のケアーと言えば、もっともらしく聞こえるが、そこに主眼を置くべきだと思っている。これは言うは易し。千種万様だから、相手に応じて、一番の方法は一緒に涙を流してあげられるか?
 最近の葬儀の在り方は、確実に様変わりしている。”直葬”はまだ数少ないが”家族葬”的な身近な人達だけの葬儀が流行っている。経費をかけたくないということもあるでしょう。それよりも、何か形に拘りすぎた昨今のセレモニーに疑問を持つ人が増えたことが大きい。
 坊さんの役割に危機感を!これもまた、言うは易し。檀家制度の上にドッカリ座った住職が以前として多いのは事実。
私は布教師会の会長という肩書もありまして、そんな事をある会合で言ったもんだから、非常に冷たい視線を浴びた。
”ふん、格好つけて””好きにやったら” その時から、絶対に坊さんの前では言わないと心に決めたのであります。
 郡山の薄皮まんじゅうではないのでありますが、いくらご立派な事を言ってもですね、所詮、中の餡子には敵わない。
外見でなくて中身で勝負。
 さて、土浦の駅ビルの改装工事が終わり、新たにオープンした。大分長い期間シャッターが閉じており、土浦で電車を待つのに困っていた。まだ、1か月にもならない、大型ショッピング、噂では、すでに店じまいしたテナントが有るとか?
 隣町にもアウトレットとかいう意味不明のショッピングセンターがオープン、客の奪い合いが熾烈になってきた。
生き残りに必死というのだろうか?あれだけの設備投資して、来客の数からして採算が合うのだろうか?他人ごとなのに心配になる。
 財布の紐が確実にかたくなっている。障害程度区分ではないが、生活程度区分を何ランクか下げるしかないのだろう。
暑中見舞い申し上げます・・・・・。

1219:実践躬行

明日あたりに刷り上がってくる尚恵だよりの巻頭に書いた。『実践躬行』という題をつける。躬とは自らの意味で「自ら行動する」ことである。日曜日の民放テレビ、時間帯が良いからどうしても見てしまう。田原惣一郎流の展開に出演者が乗せられ、余計な事まで口に出す。ここが番組の売りだから仕様がないのかもしれない。昨日は,解散後だから酷かった。”烏合の衆”と化す。討論というよりも自説を喋りまくるアジ演説のようだった。
 ホンネをどうにかして聞き出そうとするテレビ局側の思惑が見え見え。そこで感じた事だが、従来の流れと明らかに変わった、主な質問の相手が自民党より民主党にシフト、”捕らぬ狸の皮算用”という前置きをして、民主党の議員が答える。何せ政権を担当していないものにいくら質問しても原則論の域を出ないことは承知の上、ここぞとばかりに質問を集中するから”まな板のコイ”
 外交や防衛は相手がいること、日本がいくら声を大きくして訴えたとしても、そんなに甘くはない。従来の政府がNGO等で軍事協力ではなしに対外支援を行ってきたのは、日本にできる多くの選択肢がないからだ。
 私は政権が民主党に変わった時には、まず官僚との関係をどう構築するのかに関心がある。いくら議員が専門家を自認していても、政策全般にわたって理解している者はいない。
 その辺のお手並みを是非とも拝見したい。
 ただ、他人ごとではない。障害者自立支援法の先行きが依然として定まらない。民主党は”廃止”を主張しているようでもあり、今まで苦労してきた我々の努力はどうなるのか?
 消費税論議も党内調整が十分ではないようだ。選挙前にさすがに消費税を上げますとは言えない。確かに立派なマニフェストを作られたようだが、この進行チェックは一体誰がするのでしょうか?
 政治にズブの素人の私にだって、上げれば際限無く疑問が浮かぶ。もしかしたら野党のままでいたほうが良かったのでは?ただ自席だけは確保しておいてでしょうが。
 昨日の番組は法事の合間に見ただけだから間違っているかもしれない。社民党の女性議員、一度何かの責任をとり、下野した人、彼女は熱しやすいタイプ、それよりも他の人の意見を聞かず自説を言い過ぎる。聞いていて見苦しい。彼女に田原が雇用問題について、「じゃーどうすればできるの?」と逆質問、それは非正規雇用をやめ正規雇用にすべきというテーマの時だった。EUでの成功事例をちょっと口にしたから逆襲を食った。本当に理解しているのか!
その時、彼女の顔が一瞬変わった。それが何だったのか? これが野党に長く身を置いてきたものにとっての最大の弱点、実践躬行が裏付けに無い。批判することが目的となってきた弊害。「自民党には一端下野してもらい、民主党に一回やらせてみれば」という多くの有権者の偽らざる心境だと私は読んでいる。
 批判をすることは簡単だ。責任がかからない、言いたい放題。ただどうも合点が行かないことがある。
 政治家の役割が何なのか?という事。
 それに世襲の問題、突き詰めていくと言い訳の山、これら一つ一つの問題を変えることはできるのか?
昔は密室で決められることが多かった。しかし、今はスクープされ弁明に苦労する。情報公開の仕組みを自らが作って、自分の首を絞めている。
 私は政党なんかどこでも構わない。あくまでもその人となりに賭けたい。
 

1220:シフトチェンジ

いま、久方ぶりに心が躍っている。待ちに待ったプリウス納車があった。3か月近く待ったかな。スバル B4には感謝いっぱい。御苦労さま ありがとう。これからはエコカー”プリウス”が私の足になってくれます。安全運転を心掛けて。
 いやー静かですね。エンジン掛けてもですよ、かかっているのかどうか分からない。多少、B4と比べれば足腰が気にはなるが我慢しよう。
 本日、今年最初の施餓鬼があり、午後から助法に行く。午前中は草刈りでもやろうと思っている。腰のキレを鍛えないと。いよいよ、今年も坊さんの仕事モードにシフトチェンジ、そんな季節になりました。一応、事前の準備は完了、30日と31日の自分の寺の施餓鬼が終えれば気が楽だ。
 住職にとって、施餓鬼は施設の実地検査みたいなものと思っている。住職め、草ボウボウでどうしようもないとかお経も読めないでとか下手な字を書くなとか・・・・・・・・あー全く、スイスにでも夜逃げしてやるから。
 だが、施設の監査と違うのはマニュアルによる事前調書がない。ぶっつけ本番、責任逃れはできない。
 今年も13ケ寺の施餓鬼がある。新盆は40件ぐらい、多くもなければ少なくもない。一人でやるには、この辺が限界ですかね。2足わらじ歩行の私には。
 MTCゴルフの連絡をいただく。
 なんと16年も続いている施設職員のコンペ、会の命名はこの私でありまして、ゆうあいスポーツの翌日が月曜日で代休になるので始めったのであります。回数を重ね、60回以上、その全ての結果記録がとってある。監査を受けても全くヘッチャラ。それをみると第1回目、私はブービー賞、初めてのコースでのプレイだった。3回目それが一気に優勝ときた。最初はこの辺のレベルの親睦会最優先のコンペだった。それが、なんと、いまでは国体の県代表まで出す勢い、言いだしっぺが茨城で、関東地区の大会まで発展した、最初からベスグロと総合優勝は我が茨城が堅持。密かに全国大会まで伸ばしてやろうかと考えている。 QOL向上は何も利用者さんだけでは無いはずだ。
 唯一、知的協会の会長会議で誇れるのはゴルフだけ。悔しかったら勝ってみろ!ズベコベ理屈ばっかこねないで!と茨城弁で言ってやる。「茨城は遊んでばっかりいるから、福祉が遅れたんだ・・・」と負けず嫌いはどこにもいるものだ。勝手にしやがれ。
 8月28日に開催するという知らせを貰い、直ぐに出席のハガキを出した。本当に暫くぶりの参加。
この会が母体で、県内の福祉施設のコンペを作った。今では老人・児童・保育・障害の施設職員のコンペになった。
 遊びも知らない奴には仕事はできず    これが私の考えである。 チクショウ、毎日やりてーよ。ムズムズだ。
ホールインワンよ  もう一度。障害者自立支援法よ さようなら。

         
*M&M会は何がなんでも続けなくてはいけません。そう思いませんか、皆の衆、同志の結集を期待!
 汗を一緒にかき泣き笑いが共有できてこそ”共生”社会が近づくと私は考える。

1221:足が棒

足が棒になりました。いつもこの時期はそうなんです。施餓鬼準備で階段を上ったり下りたり、庭掃除本堂掃除と普段怠けているからでしょう。切りがない広さに目がくらみ。今年は折からの南風が蒸せるように熱い中、逃げるわけにもいかずシブシブ。今年は若い坊さんが手伝ってくれた。彼は本山で掃除は十二分にやってきた。見事に綺麗にしてくれた。
 まだまだ老境に入るには早い。夜、ダンベルと腹筋で腰の鍛錬、やり過ぎたかもしれないが、これだって予防とリハビリの自助努力。ギックリ腰なんてオサラバさ。
 昨日、今年最初の施餓鬼にて他寺の坊さんの話、なんと年間に造園屋に1000万円かけているという。ヒェー、どうして?
こんな寺もあるんですね。私の処は、何十年来頼んでいる植木屋さんと私が一緒にやって精々1週間、経費節減というか、そんなにかけられない。落とした枝を集めるのが私の役目。枝の処分を頼むと偉い費用がかかるご時世になってしまった。
 今日は電話がとても多くかかってきた。塔婆を頼むのが忘れたから今からでも間に合うか?という内容が大半。「ハイ 大丈夫ですよ。毎度ありがとうございました」と言ってしまった。 何か変ですか?ここ数年、報酬単価がどうのこうの、1時間でいくらとかお金の事ばかり、これまた嫌なご時世となりにけり。
 そしたら、お葬式がまた入った。私には休みがないのである。
 休みがあればどうしたいの?自分に聞いてみた。すると一度甲子園で高校野球を観たいと言っている。そうね、今年も常総学院が優勝し、地元土浦は大変だ。坊さんに常総のOBがいて、良いなと言うと、「もういいよ」と顔をしかめ、親指と人さし指で丸をつくった。
 そうなんですね。なんでもお金が絡む世の中。このまま進むと不味いと誰も感じている。
 掃除をしていて感じたことなんですが、私の母親の実家はつくば市小田、開発に全く無関係な町、そこで長らく醤油製造を行ってきた家だ。蔵の脇にニッケの老木があった。小学校に入る前だと思う。自分では言えず、母にニッケを掘っても良いか家の人に聞いてくれとせがんだ。今の子供にニッケの根をどうするのか聞いても分からない。乾燥して食べるんだ!
 オヤツ代わり、とても香ばしい匂いがして好きだった。その後、どうしてもニッケの木が諦められず、小さな苗木を本堂の裏に植えた、その木が今や大木になっている。今更、根を掘る気持ちにはならないが、年を重ねて、自分の年輪を感じる。
 尚恵学園の努力目標に”創意・工夫・責任・真心”を挙げている。創意・工夫が今の人達には苦手、これが便利さで失った能力でしょうね。そんなこと考える必要性を感じない。お金を出せば直ぐに揃うからだ。それに一番無難なのは前年の踏襲、これが組織にとってはボデイブローで効いてくる。
 先日もこんな事があった。会議に出された事業計画、摘要メモに書かれた年度が1年ずれていた。これは前年と全く同じデーターを使った事が直ぐに分かった。
 マンネリとやる気の問題・・・・・頭ばっかり使って足を使わない人間が多くなったということだ。バランス感覚ですかね。

1222:過去帳

昨日は神宮寺の施餓鬼、今年一番の暑さの中で行った。15人の坊さんが来てくれた。過去最高の人数で法要ができた。終わった頃から風向きが変わり、気温が急に下がった。心地良い。皆さんが帰り、後片付けも終わった頃になって今度は雨が降り始め、物凄い雨に変わる。
 今日は、観音寺の施餓鬼、昔みたいに大移動することも無くなった。昔は道具を2ケ寺で共有していたから、神宮寺が終わるとそのまま観音寺へ物を運んだ。今年、気になることがあった。毎年、手伝いにきてくれるYちゃん親子から何の連絡もない。年に一度必ず母と子が掃除と施餓鬼当日手伝ってくれていた。もう何十年も続いてきた。私の父と母を「とうちゃん」「かあちゃん」と呼ぶYちゃん。結婚し、子供さんがいる。旦那さんが亡くなり大分たつ。彼女はもう優に65歳を過ぎている。父ちゃんと母ちゃんが亡くなってから彼女の気持ちが少しずつ変わってきたように思える。何かあったのかもしれない?
 この時期、どうしても寺の過去帳を開く回数が多くなる。先祖供養の塔婆を書くからだ。昭和20年〜23年頃のページに記載されている人の数が急に増えている。戦死した人達の戒名である、それには必ず亡くなった場所が記載され、命日と1年ほどずれて葬儀を行ったことがわかる。
 皆さん、20歳〜30歳代、結婚されていたのかどうかまでの記載はない。今年、その中のお一人から、「親父の亡くなったニューギニアに行ってきました。遅くなりましたけど今からでも塔婆お願いできますか?」という電話を頂いた。
 前にその方と話したことがあった。父親の面影を全く知らないという。2歳になる前に赤紙召集で出征し、その後まもなくして戦死の知らせが届いた。その方から一言も戦争に対する批判めいた言葉を聞いたことがない。悲しみ・恨み・悔しさ・・・は人一倍持っているはずだ。しかし、それを言わない。いま、自ら興した仕事で大成功を収めている。
 他人は、成功した者に称賛よりも妬みの念を持つ。それが世の常、だが、その人の事を思うと何かが分かってきた。
 決して順風では無かった時に頑張り通せた理由の一番大きなものが、顔も知らない父親への報恩の情念ではなかったか。
 過去帳を読み返し、気持ちを新たにすることがある。戒名の脇に書かれた1行の重さ、どのような理由をあげても二度と戦争をしてはいけない。

 必死に生きてきたからこそ言える言葉かもしれない。先祖への感謝の気持ち、これは全人類共通の想いである。
  今朝のこころの時代で広島被爆の会代表の方の放送があった。ネバダやチェルノーブリでの被爆者、9.11の遺族と接して感じた事は、みな仲間だという共通の思いだと語った。核廃絶の運動は、世界共通の願いであっても、どうしても国の利害が優先して一向に進まない。それは、一般の人々が悲惨な事態を知らないことが原因していると断言する。
 ライフワークとして核被害の怖さを訴えようと世界中を駆け回る。80歳半ばのその方の飾り気の無いお話をどうにかして後の世代に語り継いでいかなければならない。
 今、日本の政治はある意味では怖い。2大政党を望む声が大きくはなっている。戦後長く続いた自社2大政党には明確な主張の違いがあった。戦争に対する確固たる態度を感じた。いま、それが曖昧になっている。
 国の繁栄は自分たちだけの努力で出来たものか!日本人よ いい加減にしろ! 奢りと利己主義。
 自らの事ばかりしか考えられない政治家たちよ、速やかにバッチを国に返上しろ。貴方達の本心を知った瞬間から私は顔も見たくない。それが今の政治離れの最大の原因だという事を貴方達は認めなければならない。どんな理屈をつけようと弱きものを御座なりにする輩は許せない。something greatがお見通し。
 今の国の豊かさ、その最大の貢献者は 皆さん国を想い家族の幸せを願って、自らの命を投げ打って散っていった人々である。
そこをもう一度思い起こして欲しい。それ無くして将来に光を見いだせないと私は思っている。
今年、塔婆申し込みハガキに尚恵学園の利用者さんから母親の供養の申し込みがありました。
 

1223:仏教への期待

今日から葉月(8月)になりました。日本中がご先祖を一番身近に感じる時です。逝くもの来るもの、出会い別れ、人は身近に起こった様々な出来事に心を動かし、ふと我に返った時、自らの過去と先々に思いめぐらす。
 日本には四季があって、自然の織りなす変化に足を止め、暫し佇む。 ここまで世の中が目まぐるしく変化すると、落ち着いて心休まる時間が持てないのではありませんか?
 今こそ、長く言い継がれてきた佛教の教えを再認識する時かもしれません。「布施」の行に、財施・法施・無畏施の3つがあるといわれています。この教えの本来の姿、それはお金が無ければできないというものでは決して無かった。「財施」ばかりが目立ち、後付けでいろんな意味が言われています。
 一方、「無財の7施」・・・これこそ本来の佛教の教えだと私は思う。地位や財産がなくても、誰もがいつでも容易に布施の行が行えるというものです。7つの施しの中で2番目に挙げられている「和顔施」(わがんせ)が私は一番好きです。
文字通り、いつもなごやかで穏やかな顔つきで人や物に接する行為です。
 正直に言いますが、坊さんになることを躊躇っていた一番の理由が布施という行為にあったと思います。それは、戒名料が高いとかお布施はどれだけ払えばよいのでしょうか?と尋ねられる度に今も感じています。
 「いくらでも良いですよ」というと不思議そうな顔をされる。どこでこうなってしまったのでありましょうか?
私は仏教の教えをその人の立場によって都合の良いようにとらえることからきていると思っています。観音寺と神宮寺は檀家さんの浄財で見事な本堂が完成し、時間も経ちました。その時の私なりの決意は「禁煙」と「布施はいくらでも良い」という事でした。果たして守っているでしょうか?
 いま、仏教に縁が無い人たちでさえ、難しい佛教思想ではなく、分かりやすく普段ちょっと首を傾げてしまう事への参考になるような教えが人気を持ち始めています。
 坊さんの立場でどうそれを捉えればよいのでしょう。聞き売りでは駄目だと思うのです。言っている事とやっている事、これが余りにもかけ離れていては、話している本人も辛いでしょうし、聞いている側も偉い迷惑なことです。
 まず、坊さんが実践してみなければいけない。それが重要です。仏教への期待と表裏一体のこと、それが坊さんとしての生き方に通じます。
 これも自分自身を省みて、「いやー できていないな」「ダメダ こりゃ」です。
普段心がけています事を一つだけ紹介します。私はお葬式の際、遺影をまずジックリ見つめます。
この方は私をどう思っているのか?と問いかけるのです。するとどうでしょう。「おめえになんか おがんで貰いたくないわい」「仕方がねーな 我慢すっか」「真面目に お経読んでくれよな」という顔に全てが見えてしまうのです。
いやー厳しいですよ。私にその怨念が乗り移ってしまうのですから大変なものです。
 1年間に背負ってしまった荷物を施餓鬼でドーンとおろす。後は仏様にお任せ、私の責任は一区切り。そうやって今までやってきました。
これって不味いんでしょうかね。私があっちに行ったときに聞いてみようと思っています。
 

1224:お別れの会

季節がらお寺の話が多くなり恐縮です。施餓鬼が終わってほっとしています。施餓鬼当日、通夜が守谷のほうでありました。さすがに自分で運転していくのはどうかと思い送ってもらいました。若い人が事故で亡くなった、残された家族の悲痛な叫び声が耳から離れず、寺に戻った時分には、ぐったりと疲れてしまいました。
 遺族の希望でお別れの会にしました。元々の檀家さんではないので、遺影には初対面でした。そして、昨日の告別式、あれは学生時代の友達だったのでしょうか、語りかけるような弔辞が読まれ、参列されている人達のすすり泣きの声が聞こえました。式が終わり、火葬場で最後のお別れ、この時もどう説明して良いのか・・・・・
 自分で運転して高速で帰宅、白衣を着たまま廊下で寝てしまいました。1時間ほどたって目を覚ます。数時間前の情景がはっきりと浮かんできました。
 事故にあって、脳死状態でICUに18日間入院、血圧が下がり、脈が弱くなってきたときに医師から最後のお別れをと言われご本人の手を握った、その時はっきりとそれも力強く握り返してきたという話をしてくれました。そして、わずかその数分後に息を引き取ったというのです。今生の別れとか言いますが、生死を分ける何かが有るとすれば、それは、お互いの意識の中に相手の存在が消えて無くなることではないかと思うのです。
 もし、どのような事が有ったとしても、心のどこかに相手の存在を確信できれば、その人は自分の中では生きている。
浄土とか天国という人間の作った世界、・・・・・・。
 宇宙物理学の発展は、様々な謎を解明しています。宇宙の起源、そして、太陽系はいつまで存在するのか等、私は小さいころから宇宙の事に関心が強かったので、沢山の関係する本を読みました。この地球上に存在する全ての生き物は、その最初は全く同じ原子組成によって発生した。生物進化の繰り返しの中で現在がある。だから生物や無生物の区分がなく、共通祖先であるという説があります。
 生死そのものを、進化と考えれば、一時流行った”千の風にのって”という歌の歌詞が頷けます。分子生物学などまだまだ解明されていない点がおおく、結局分からない事のほうが多いと私は思っています。
 生命の誕生の確率、精子と卵子の結合で卵子は一つ、精子は何憶という数の中から選ばれた一個、我れ先にと進む精子の中で一番元気なものが辿りつくというのではないと言われます。最初の精子は壁をこじ開ける時に討ち死にするというのです。ウーム。
 そもそもこの世に生を受けたこと自体が何億分の1、何兆分の1の世界、奇跡なのです。人生80年と言われても、全ての人がそうなるわけではない事は明らかです。
 佛教の四苦八苦で説かれる”愛別離苦”も、当に便法として考えられたものでしょう。
お別れの会が終わって、今、旦那さんとの生活があった自宅にお骨になって戻っていったと思います。
 こう考えていくと、今の永田町や霞が関界隈の騒々しさがなんと虚しいことか・・・・・・。
*誰かにやってもらわないといけないでしょうから、そこはそれ、人間性とでも言いますかなんと言いますか。

1225:明暗

朝の7時前だった、私が寺の裏手にある雑木林を車で通る時、長い棒を持って木の枝を盛んに揺らしている人がいた。近づいて直ぐに分かった。カブト虫おじさんのグループホームのSが朝早くから虫とりに来ていたのである。車を止め、「何をしているんだよ?」と尋ねると「虫とり」と一言、悪びれたところは無し。この時期の彼の日課になっているようだ。
 多分、彼が小学生を引き連れて?かぶと虫おじさんの命名を受けたのもこの辺が接点だと思った。
 直ぐに学校の先生から「困ります」という内容の電話、それも2度もいただいた。
オーストラリアのアボルジニ(先住民)や日本でもアイヌの人々の主張に共通する。後から住み着いた人達の権利の主張が優先する社会はいかがなものであろう?
 住宅開発が進んだ地域での雑木林は環境的にみれば癒しの場となっている。
 学校が後からできたという事実、それと圧倒的に尚恵学園の利用者の数は少ないということはどうしようもない。その雑木林は寺の所有地で学園の農場実習地として使っている。椎茸の原木も置いてある。この時期、子供たちがかぶと虫を取りに良く雑木林を訪れる。綺麗に積み重ねた椎茸の原木を倒し、虫探し、それを学園の子供たちは文句も言わず並べ直してきた。
 初夏に草が伸びると不満を言われ、秋、落ち葉が屋敷に入ると文句を言う。寺の外便所を水洗に新しく建て直した。散歩する人達が自由に使用する。その事に関しては当然のこととして黙って使用。
 何か日本の精神文化がここまで荒んできてしまったのかと訝しい。
 自分たちの子供が黙って他の人の土地に入り、虫とりする事は大目に見て、尚恵学園の利用者さんが作業をする場は、他に移ってもらいたいと。もしもそのような事を考える教師が一人でもいたとしたら、私は校長室に駆け込んでやる。
 それで他人に優しい教育などと言ったらばである。そこまでは図太くはないだろう。寧ろ、事件でも起こったら自分の責任になるし、出世に少なからず影響する位は考えるかもしれない。
 本当の教育者が減ったということだわな。否、管理者と訂正する。
 今日、自宅の前を大勢で尚恵学園の利用者が散歩に通らせていただいている家のお母さんの葬儀、通夜の席で、その事へのお礼の言葉を皆さんの前で述べた。いつも笑顔で子供たちに声をかけてくださった。園の行事には必ず来てくれ、毎月、寺のお掃除にも来てくれていた方が77歳で亡くなった。
 雑木林脇の畑を自分で作っている、GHのSさんの良き農業の先生もいる。その奥さんが挨拶に寺に来られた。
尚恵学園の歩みは、ある面では社会運動であった。少しずつ理解者が増えてきたということである。差別視への合法的な抵抗と言えば初代に叱られるかもしれない。初代は全くそのような素振りは見せなかった。淡々としていた。
二代目の私は、その点全く情けない。動物的な動きをしてしまう。悟りの境地には生涯なれません。
達磨大師が言ったという『無功徳』・・・・・何かの見返りを期待すること自体が不浄であるという教え。禅の言葉と理解すれば分かったような気にもなる。しかしだ、世捨て人のような隠遁生活を究極の選択としたならば・・・・・。不満を言う事もせずじっと耐えている人達と共に生活してみると黙ってはいられない。そうじゃーないでしょうか?
 自分だけが幸せになれれば良しという社会通念?には頑として反旗を翻すべきではないでしょうか?相手が政治家であろうとなかろうと構っちゃいられませんって。
 元に戻りますが、例のかぶと虫おじさん、全くこりませんから、・・・・・・・昨日、私に注意されたにも関わらず、・・・「理事長!車洗ってやっかー!」ですもんね。一本取られたという事です。

1226:変化&不安

自閉傾向の強い方は、変化に敏感に反応し、不安になることが多い。頻りに荷物を移動し、自分の納得できる部屋の状態を探る。この拘りは病的で、周囲がトヤカク言うものならパニックになりかねない。
 アメリカのオバマさんが「チェンジ」を合言葉に選挙戦に臨み、高い人気を得て当選、これはブッシュ政権のイラク侵攻や金融不安などに出口が見いだせなかったアメリカ国民の当然の選択であった。2大政党で政権が代わればスタッフも総入れ替えするという。こうやって今の繁栄を築いてきた。「チェンジ」を不安と捉えずチャンスと考える国民性、日本とは大分違う一面である。
 政治が今、混乱している。国レベルの話に止まらず、地方にも同種の問題が派生してきた。道州制論議や議員定数の見直し、各党、政権公約という形であたらず障らずの微妙な言い回しで触れている。決して積極的でないのは明らか。
 大きな政府か小さな政府かの論議も、国の財政責任の幅が増えれば大きな財源が必要、社会保障費を増やすことは、大きな政府?  公務員の数を減らすという民主党、政治主導の政権を樹立、事務次官会議を無くして、政府に入る議員の数を増やすともいう。どうやって機能させるのだろうか?
 マニュフェストという形で、新たな政策を各党が掲げている。与党は経済政策の実績を訴え野党の財源の根拠を盛んにつつく。それを受けて野党は無駄を省いて充当すると防戦。惜しむらくは具体性に欠けるということだ。
 地方に戻った議員は、今まで秘書任せであった催し物に足繁く通い始めた。隣に来てうちには来なかったという新たな不満が出る始末。なんだか知らないが非常に低レベルの話のように思えてしようがない。貴方達が何故国政に代表として上がっているのでありますか、その根本の軸が見えない。こうやって長いことやってきたツケが若者の政治離れ、各地で開催されるであろう集会に、動員がかかり、頭数を集めるのに主催者は苦労する。挙句の果てにあそこの婆ちゃんは暇だからきてもらうべーという事に。
 昨日法事があった。その時顔見知りのお婆ちゃん、85歳。「福ちゃん、わたしゃね、忙しくて」「そりゃー良かった。元気だからですよ」と言えば、一週間のスケジュールを懇切丁寧に説明してくれた。
「月曜日は耳鼻科、火曜日はレントゲン、水曜日はカラオケ、木曜日は内科、そして昨日は○○先生の講演会・・・」
○先生は地元選出の国会議員、言わずもがなこれが実態。
変化が不安を呼ぶかチャンスとなるか、当に天下の分かれ目、こうなれば将来に多少の期待が見えてくる。

 

1227:手段&目的

『目的』を広辞苑で引いてみると・・・・意思によってその実現が要求され、行為の目標として行為を規定し、方向づける・・とあった。『手段」とは言うまでもなく、その目的を達するための具体的なやり方である。
 俄かに表に出てきた”地方分権””道州制”、これはご承知のように大阪知事や宮崎知事の一般向けする知名度とパフォーマンスにメデアが便乗し、その相乗効果の表れだと思える。地方の意見がここまで国政に影響する時代は過去にあっただろうか?
 言葉は適当ではないが戦国もの時代小説を読んでいる感がする。地方で旗を高く掲げ、気勢をあげる。日曜日の政党討論番組よりも地方の首長の意見の方が面白い。それは、いくら小国であっても選挙によって選ばれたという確たるバッグボーンがあるからだ。国政は言わずもがな、国民の票は無関係に首相が何回もコロコロ変わった。今の流れを作った大きな原因がここにある。
 ただ、有権者たる我々は時流に流されてはならない。手段が目的化していないだろうか?マニフェストのヨロズ屋化、なんでも構わず公約に載せてしまえ式となっていないだろうか?
 障害者福祉を見ていると、その事がはっきりしてくる。肝心な目的が霞にかかっている。だから障害者団体それぞれの主張を隈なく網羅する。実現が危うくなれば、天下の宝刀、「財源問題」を掲げ期限付きのお手盛り予算。福祉施策に3年の期限を置く自体、この国の方向性が見いだせない。そして矛先が厚生労働省から財務省本丸へ。こうやって官僚は責任を逃れ、1年で他の部署に異動する。政治家とて同じ穴のムジナ、中身がどうあろうと自らの功績とでも言わんばかりの言動。
これが今の日本の現状であると私ははっきり言える。
 一方、障害者ご自身は何が起こっているのかも知らず、悶々としているのだ。
実は、この問題は全てに通じるのである。軸が曲がっているコマのようなフラフラ回転、
 何事にも通じる話だが、”手段”が目立ちすぎる世の中は決して良い結果を生まない。それと複雑化し過ぎた仕組み、もう少し簡略にしないと、何のための仕組みなのかが分からない。これこそがムダということだ。
金と権限を掴んで離さない国とそれを分捕ろうとする地方、そのオコボレを拾う我々事業者、この構図はいただけない。
 ここまで複雑に絡み合った制度を綾取りするには至難の業。
ここで、ちょっと気になった事を一言だけ。
例の天下り禁止の議論の中で、抜け穴はいっぱいありますね。たとえば自分が天下れば給与は何割カットという話、どうも庶民感覚には分かりかねませんね。だってそうでしょう何度天下りを繰り返し、その都度、どれだけの給与と退職金とを手にしてきたというのですか?そのことも明らかにしてもらわないと先に進まないわけです。大体、天下りの原資は国民の税金ですから、別に純然だる民間企業で貰った給与なら構いませんがね。
 ですからあまり無理した公約を掲げるとご自分が困ることになりませんかね。これ以上は言いません。
マニフェスト自体が、こう言えばああ言うの掛け合い漫才になっては駄目だわな。しっかりと腰を据えた人でないとそれが分からない。エリート街道まっしぐらの人には庶民の感覚がわからんのですよ。
 私は僧侶の世界に身を置いた時に決めた事があるんです。寺社会の政治家には絶対にならないと。そう決めたら大分気が楽になりましたね。そして、どっちでも構わないことが良く見えるようになってきたんです。南無大師遍照金剛。
歩き遍路じゃなければ駄目なんだわな。飛行機で行ってクルマで札所廻って、それでお遍路したと大ボラふけますかってんだよ。
これ私の事でした。

1228:どうぞお先に

確信している事の一つに、今、『どうぞお先に』の時代だと思うのである。人を掻き分け我れ先にを強行する輩が異常繁殖してしまったからではなく、昔からの教えの中にあった。その再確認をすれば良いと思っている。
 残り物には福があるといったら、なんだそんな事かと多少分かっていただけるかも。それとは違った意味で。(臭いものには蓋をしろ!)+(我先に)の構図があって、そこから全ての事が枝分かれするもんだから、こんがらかちゃった状況。
 俺流の斜め読み現実透視、裸眼ではごまかされてしまうから、特殊フィルターを通して観るわけだ。
”after you""go ahead" いずれもお先にを英語で言えばということ、通例ではpleaseはつけない。なぜか?敢えてどうぞ(please)を前につけなくても、十分意味が通じるからである。
 それが今の日本社会、嘗て日本の家庭では、ご飯を炊くと真っ先に仏様にあげた。風呂は自分は後から、。。。。この習慣が崩れた。それに巷に建てられた看板、ワザとらしい。”国民の為の政治” ・・・・・あったり前のコンコンチキ。 アレ?それじゃ なんの為だったの、それって自らが白状していることじゃーないんですか。自分の為のってね。
 様々な政治や経済の評論家が持論を展開する。皆さんごもっともな事を誇張して言っている。何せ彼らには責任が全くかからない。
 そこでまたもや斜め読みで現状を分析してみます。正直これも責任全くありません。
いま、選挙に臨み、各先生方のホンネをのぞいてみよう。
【大変な時だから、できればバッジだけは戴いて、野党に下がったほうがよさそうだ。外野からお手並み拝見といきたいところ・・・】
 外野席からどれだけ辛辣なヤジを飛ばしても責任を問われることは先ずない。むしろベンチメンバーに選ばれて出番が無いことが如何に辛いか、多くの与党議員は感じてきた。それが妬みと裏切りの温床だ。
 それを否定はさせません。私の趣味(?)に政治家のプロフィールを覗くという、ちょと厭らしいものがある。別に深い意味はないのだが、敢えて言わせてもらえれば、この人はどうしてこんなにあっちへくっついたりこっちにくっついたりするのかという謎解明のためとでも言っておきます。
 すると、経歴に事細かに書かれた膨大な役職、驚愕する。書ききれない程並べてある。そこまで実績を誇示しなければならないのでありましょうか?それら全てを貴方様は覚えていらっしゃるのでしょうか。
 残念ですが、そこからはその人間の人となりが全く見えてこない。猫も杓子も国民目線の政治を訴える。どう考えても自分目線としか思えないのであります。
 ここで本筋に話を戻します。
”自立”というものを掲げ、新たな法律を立ち上げた。精神障害者の多くが社会的入院ということで長期に病院に入っている実態を改善しようとする動きと並行して、入所型の施設利用者を地域に戻そうという流れが生まれた。
 だが、この法律の最大の弱点は入所者を出す事を自立への手段と考えたのではなく、目的としてしまった事にある。
社会に出た後のフォローの仕組みが実にお粗末、数値のみを評価するのに慣れてしまった頭でっかちが考える事はこの程度、長年関わってきた小生に言わせれば、彼らが社会で生活することほど手間暇を要するということなんだわ。この読みが間違った。
だから何がなんだかわからない。政権が変われば、本当にこの法律を廃止するのですかね。これもまた、可笑しな話しで自立なんて言葉は死語になってしまった。
”福祉”を支えていくには、”どうぞお先に”という思いが必要なんだわ。それと、そこに関わる人達も同じ意識ですがね。そこがコムスンには無かった。古い話で恐縮です。
 わたしゃー死ぬまで 吠えてやる。わーワンだ。。

1229:グローバル化

グローバル化の是非論をいくら唱えても、最早世界は「人・もの・金」の自由往来が常識となった。ITの進歩は小さな地球というイメージを作る。・・・・が、それによって、また新たな問題が起こっているというのも事実だ。
 昨日、インドネシア教育大学の先生が中田先生引率で見学に訪れた。日本で4カ月研修していかれるという。尚恵学園も俄かに海外からの視察が増えている。昨年は南米4カ国、今年になってアフガニスタンから見学者があった。そこで急きょ英語版で紹介DVを作ることになった。スタッフを一人インドネシアに2週間の短期間だが研修に出すことにした。現地で我々の実践を発表することになってしまった。
 JICAとの絡みで地元筑波大との連携を模索している。できれば私が行きたいのであるが、スタッフに良い機会と考え、派遣を決めた。次は念願のドイツグループホーム体験を企画中、果たして計画倒れになるでしょうか?
 なんだか知らないが私の周囲が急に慌ただしくなって、昨日も緊急の打ち合わせ会を持った。
 昨日、お客さんと話していて気になった事があった。それは昔からインドネシアにある”共存”という文化、それはどんな話からそうなったのだろう? そうだ、インドネシアには大人の知的障害者の施設が無いという話からだった。子供の施設や学校は昔からあったそうである。大人になったらその人たちはどうするのか尋ねると親戚や家族がみるという。日本でも嘗て存在した”結”みたいな相互互助制度がしっかりしているそうだ。
インドネシアは人口2億2千万(世界第4位)イスラム教の国だが、良く調べてみると多くの民族や宗教があって、昔からイザコザはあったという。また、オランダ・日本に支配された歴史があり、国是として「多様性の中の統一」というものを掲げている、(パンチェシラ)
 私は、将来の方向が定まらない今の日本がこの国から学ぶことが大いにあると思っている。
欧米の考え方に誰しもが疑問を感じ始めている。格差の拡大から得るものより失うものが多い事を学んだ。市場経済を唱え、競争を是認し突き進むことが果たして人間の幸せと結びつくのか 答えはNo。
 そこで立ち往生、分岐点に出くわしてどっちの方向に向かって進むべきか分からない。いつまでも迷ってはいられない。新興国というBRICsが直ぐ後ろまで追いついてきたから、大慌て。 いいんじゃないの、どうぞお先にで。今の日本はどう考えてもおかしいよ。賞味期限切れの食糧廃棄にしてもだ。昔の人なら「罰があたる」と叱られた。そこをなんだか知らないがお上の作ったルールで雁字搦めに縛ってしまった。
 もしもだ、弁当を一生懸命に作っている人からすれば、どんな気持ち?野菜の収穫前にトラクターで踏みつぶす、最近はニュースで取り上げないが、実際に同様の事が起こっている。
 貧乏は決して恥ずかしことではない。清貧という言葉があるでしょう。土光さんじゃないけれど、メザシを食って長生きした財界人、いま、そんなトップ経済人はいないんかい。
 新聞の三面記事だが、立て続けに起こった麻薬関連の事件、クスリを飲んで連れの女性が死んでしまった。なんとかという俳優、マネージャーに連絡して自分は逃げちゃった。それにまだ行方不明のノリピーの旦那!何だっていうの自称サーファーっていうのは、どこの金持ちの御曹司かなんだかしらねーが、41にもなってアホかお前!
 二人の男に共通するものがある。調子に乗り過ぎた悪ガキがそのまま大人になった。周りもだらしがない、見て見ぬふりをしている。
これが今の日本の偽らざる実態です。ヒルズガーデンだか何だか知らないが無性に腹が立つ。何憶もの金出して住みやがって、今にほえずらかくな!チクショウ面白くねーや。
かたや1日100名を超す人間が自ら死を選んでいる。このアンバランス、いつまで国が持ちます。
今日は朝から機嫌が悪いと言うこっちゃ! もう 止めた。
 

1230:期待

私は今回、一つの期待と可能性をもって臨むつもりです。それは何か。地元茨城の障害者福祉の行く先についてであります。私たちは現知事と16年間、一緒にやってきたという自負を持っています。それは一つのイベント、全国障害者スポーツ大会「ゆうあいピック」を茨城で開催するという切っ掛けがありました。準備段階から我々も協力団体として多くの職員が役割を担い、準備を重ね当日を待ちました。
 今思い起こしてもはっきりと前夜の様子を覚えています。私達準備委員は那珂湊の民宿に宿をとり、天気予報に一喜一憂していました。なにしろ西日本に上陸した台風が確実に関東地方に近づいてくるという予報でしたから。
 午後10頃には本格的な雨になり、風も大分強くなってきました。既に全国から選手団が到着し明日の開会式を待っています。
 結果は、あれだけ準備してきた開会式セレモニーは大幅に縮小、それでも中止せずスタートしたのでした。
 朝、大荒れだった天気も昼ごろには日差しが出てきて、気持ちよい程の好天になりました。室内会場の競技は予定通り、行われていました。・・・・・・・・・。
 あれから何年も経ちました。今年は新潟県で開催されます。何回も挑戦してきた団体競技が関東地区の壁にいつも阻まれ全国の場に進めませんでした。それが今年はサッカーが関東大会で見事に優勝、栄えある関東地区代表の切符を獲得したのです。
 選手団も例年になく、大勢になり100名を優に超えています。団体競技は半ば諦めていた茨城チームがサッカーが口火を切ったことになります。
 Jリーグの鹿島アントラーズやJ2の水戸ホーリックも応援してくれています。
 私も何度も選手団として参加してきました。選手たちは勿論、茨城県の代表という誇りを胸にひめ、堂々と行進します。
現知事と一緒に歩んできたという実感はどこからきているのでしょうか?私の思い過ごしでしょうか?
 それは雨のゆうあいピック茨城大会の翌年から始まった、茨城県ゆうあいスポーツ大会が今年も笠松で開催されました。知事さんは一度も休むことは無く毎回参加し、参加者と一緒にゲームを行い、全てのテントを廻られます。笑顔満面で参加者と声を掛け合う姿を私は間近で見てきました。
 これは一体どうしてなのかと不思議に感じてきたことです。その疑問がちょっと解けたことがありました。「あの笑顔が良いんだよなー」と開会式の後、歌のお姉さんと参加者全員が一緒になって踊っていた時、知事さんが独り言のように呟いたのです。
 純真無垢というのでしょうか知的に障害も持つ人たちの魅力を十二分に知ってのことだと確信しました。
その言葉を聞いた時から、私は”期待”を持ち続けてきました。
 当然、時節柄、出来る事ばかりではない、むしろ予算減額は致し方無いと思います。
私は長く県の福祉団体予算対策の委員としてやってきました。そこで感じたことを正直に申しましょう。それは各種団体が我先にと予算を取ろうとする動きでした。限られた財源をそれぞれで分捕り合いを展開していたのです。
あれから大分時代も変わりましたが、今、3障害の団体との連携を模索しています。それには会長同士で心を通わせることが肝心、機会あるごとに他の団体の会合にも参加するようにしてきました。今思うとそこにはいつも現知事の姿がありました。時間も関係なく相手の意見を真摯に耳を傾ける・・・・・この姿勢が首長としての強みです。
 全国にこれだけの知事を私は知りません。実現しなくとも聞く耳をもっていてくれるという事が励みになっているのです。ここに私は期待と可能性を信じ、応援していくつもりです。